ゼッケン

自堕落 臆病 鈍重
なにごともまともにひとつとしてできやしないおれは
時間が生活に密着していない独善家なわけだが
きみたちはそんなおれの口から出る言葉はすべて無価値だと決め付けるというのかね
なにひとつ聞いちゃいないくせに
そのような態度はきみたち自身を独善に引き込みゃしないかね
きみたちはそう思わないのかね?
すこしでもそう思うのならば聞きたまえ
おれはきみたちのその甘さに存分につけ込むとしよう

<善!>

サンローラン通りには
口調のおかしい若い中毒のこじきがたっぷりいて
なかでもアジア人のこじきのきたならしさときたら
殺意を催させるのにじゅうぶんすぎる
カフェの中にまで入ってきて 腹が立つのは
白人の美人を選んで足元に跪いたことだ
助けてくれと懇願した
するとだ、イタリアのすけべがこじきの肩を抱えて助け起こし

いったいなにが起こったんだ!?
おまえにいったいなにが起こったというんだ!
誰かおれに教えてくれ、彼になにが起こったのかを!

イタリアはこじきの肩に親密そうに腕を回す、カフェから外に連れ出す
こじきはおどおどした視線を四方に向ける
ばか、おれを見るな
おれは目を伏せた

カフェの窓の外では
店内の全員から見える場所を選んでイタリアが
仲間の黒人といっしょにアジアのこじきをはさんで熱心に語りかけている
こじきは俯いている

イタリアは店の中に戻ってくると
白人の美人のそばにまっすぐに寄った
こじきは煙草を与えられ、黒人の横で背中を丸め、しゃがみ込んで喫っている
不快な思いをしただろうが、彼をゆるしてやってほしい
おれは今日初めてあの男を見たのだが、もう二度とあんな真似はさせない
もう二度と貴女にあのようなおそろしい思いはさせないと誓う
あのような哀れな人間を救うのが人間としてのおれの使命だと思っている
貴女の美しさがおれに使命を果たす勇気を与えてくれた
イタリアは美人に頭を深く下げると、店の外に出た
それから間にこじきをはさんで仲間の黒人といっしょに歩き出す
こじきは極端な内股でうまく歩けないようだった
イタリアはよろよろするこじきの肩に革の手袋をはめた手を回し、
耳元に口を寄せ、なにごとかをささやきかけている
こじきはこくりと頷く
弱い足をひきずるようにして歩く
黒人は無表情だった
おれはおそろしいと思った

夜、あぶれたらしい娼婦がおれに
I love you と言うと同時に放屁した
上と下からいっしょに空気を出す
器用で下品だった
おれは上品な女が好きだ
裸にしたくなるからだ
下品な娼婦はあの場所がくさい
あの匂いがおれの身体の一部にうつることを考えるとおぞましい気持ちになる

あなたはどこに住んでいますか?
あなたは家に帰るお金を持っていますか?
わたしはあなたに5ドルを与えます
すみません、さようなら、おやすみなさい

娼婦はおれの手から5ドル札を受け取らず、あなたは本当にいい人
忘れないわ
と言って立ち去った

あそこがくさそうな売春婦でも自尊心は守りたいそうです

おれは気分がよくなるのを感じた

このキスはないしょだ
モントリオールは川の全長50キロメートル以上ある中州の上に建てられた街で
おれは南岸のオールドポートの近くにある川べりのベンチで女にくちづけした
このキスは彼にないしょだ

分け与えることができるものが善だ
分かち合えなければ悪だ
こじきやイタリアは悪だ
娼婦の自尊心は悪だ
ベンチは悪だ
いまやおれはきみたちに分かち合われている
おれは善だ

足の弱いこじきを一日中歩かせてから
イタリアはこじきの脇の下を細いナイフで刺し、
冬の川に突き落とした


自由詩 Copyright ゼッケン 2006-12-15 03:59:43
notebook Home 戻る