水没都市
月夜野

 薄闇のなかで煙っているのは
 発光するわたしの、産毛にかかる氷雨
 ヒールを脱ぎ捨て、アスファルトに踏み出す素足は
 ぴしゃり、ぴしゃり
 水溜りに滲んだネオンを攪拌する
 ぐっしょりと水を吸ったドレスの裾は
 まるで死んだ魚類の、濡れそぼった尾びれのよう


 水に侵された都市の底では 
 管という管が大水を吐き出し
 傘のない男たちは、地上へと走る
(走った先で彼らは水の味のする飲料を
 そうと知らずに飲み続けるのだ)


 水は世界を反転させ
 反転した世界の王は
 地下にある秘密の巨大水槽に君臨する
 王国の壁は厚いので
 放水路が放つ数億トンの水にも
 びくともしない
           

 水はいよいよ川のごとく街路を流れ
 池や堀や用水路さえも
 等しく川の一部になった
 やがて水は、わたしの脚から腰
 腰から胸
 胸から肩へと嵩を増し
 喉の奥へと押し寄せた
 こうしてわたしは内と外から
 水に溺れた



 反転した世界の底で
 わたしは最も下等な魚類となり
 地下王国の玉座の前にひれ伏すだろう




自由詩 水没都市 Copyright 月夜野 2006-12-12 22:06:14
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