ショッピングセンターの、ひとけの無い屋上駐車場に、子どものすすり泣く声が響いてゐる。
・・・と言ふと何やら怪談めいて聞こえるが、そんなロマンチックな話しではない。
誰が泣いてゐるのかと思へば、可愛げのない男の子が嘘泣きをしてゐるのだった。
迷子だ。田舎は平和だな。
こんな何も無い所で、グズグズ泣いてゐても仕方なからうに・・・と、これは大人の了見。
まだ四、五歳の幼児だ。
私は、男の子に手を差し伸べる。
男の子は無心に、私の手を握る。
その手は、しっとりとしてゐて、生温かかった。本当に泣いてゐたのかも知れない。
ふと私は思ひ出す。
いつであったか、或る女性に、かうして手を差し伸べたことがあったことを。
挨拶だけでもしませんか?
いえ、もう何とも思ってゐませんので・・・
あなたは、私の差し伸べた手を、ピシャリと払ひのけた
薔薇の花を見れば、あなたのことを思ひ浮かべてゐた私は
今となっては、道端に捨てられた吸ひ殻を見ると・・・
あれが
あなたの本性なのか
それとも
下らない男の影響なのか
男の子を、一階のサービスカウンターに連れて行く。
「ああ、あんた!! ドコ行ってたの!!」
母親が子どもに駆け寄る。
親子は抱き合ふ。
そして、いつものやうに詩人は無視される。
アア、アナタノ子ダッタノデスカ
アナタニハ似テヰマセンネ
父親似ナノデスネ
私は、サービスカウンターにゐる綺麗なお嬢さんたちと微笑みを交はす。
ヨカッタ、ヨカッタ・・・
踵(きびす)を返すと、私は無言で立ち去る。
美しい人よ
挨拶だけでもした方が良いのではありませんか?
ほかでもない
あなたの名誉のためにも
このままでは・・・
あの男の子は、私の大きな手のことを憶えてゐるだらうか?
否。
私が差し伸べた手のことなど、誰も憶えてはゐまい。
あの男の子も、あなたも。
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