ナイチンゲール
千月 話子
あなたの花開くようなお口へ
鈴の音の鳴る金のスプーンに
一さじの杏ジャムを載せて
含ませたいの
とても穏やかな様子で
わたくしの はやる気持ちを隠して
柔らかな顎に そ と手を添えてみたのよ
あなたは しかめ面して
いやいやを したのだけれど
温かさの通わない
わたくしの指先は 嘘つき
小さい あなたの
大きな 瞳が
『まだ だめよ』と言っていた
溢れ出る生命の雫が
窓ガラスを通り抜けて
日陰になった白い壁に
キラキラと チラチラと
瞬く光 瞬く・・・光り
鏡持つ子供等が
冬の日の晴れた太陽の温もりを
家々に届けながら
楽しげに 笑っていた
あなたの蕾のような お手手が
わたくしの整然とした指先に
そ と触れては やって来るのよ
慈しみは いつも
尖った先端から温かさを連れて
内へ 外へ
その時はやがて わたくしの
桜色の手の中で
ミルクティーのように
柔らかな鈴の音の調べになって
あなたのカリフォルニア・オレンジのようなお口へ
光り射す 再びの杏ジャム
笑顔から 春の陽が零れて
ミツバチの羽音のように
わたくしと あなたの部屋に
早くも五月は やって来る
生と生が 跳ねるようにぶつかって
冬から春へ 春から初夏へと