彼のこと
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先を歩く彼の
黒いコートの背中に猫の抜け毛がたくさんついている
みゃあちゃんの毛まるけだね、と言うと
ちょうど、指で挟まれたグミみたいに笑うから
なんだかつられてしまうのだ



彼の手は大きくない
指は少し短い
ペットボトルのふたを開けるのも
わたしの頭を撫でるのも
楽器を弾くのも
まるですべてのこと、一生懸命やっているように見える



言葉が少なくてだいたい目線も下向き
じょうずに説明できないし
だからときどきわたしを揺らがせて泣かす
でも他の人には分からないこと、わたしにだけ伝わることもある



彼は広げられたおふとんみたいに
飛び込んだわたしをいつでも受け止めてくれる
腕を広げて寝転んだ彼は
だけど、わたしが頼むまで
決してわたしを抱きしめたりはしない
悲しくて
おふとんがぺちゃんこになって
じかに床の固さを感じるまで
一人で飛び込み続けている
ぺちゃんこになったらまた、干すのだ

でもたまに
彼がぺちゃんこになる前にわたしが先にぺちゃんこになったりする

そういうとき、彼は困った顔をして
小さな手で一生懸命わたしの髪を撫でる



言葉の代わりに手のひらから
何かテレパシーを発信しているのかも、と思って
目を閉じて集中してみるけど
ただ潰れたグミの笑い顔が浮かぶだけで
何も分からなくて
何も分からないまま
わたしは、彼の隣にいたいと思う









自由詩 彼のこと Copyright ________ 2006-12-07 03:40:11
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