寓話#5
Utakata




明日あたりに世界は終わるんじゃないかな、と友人が訝しげに呟く。その呟き方がいかにも生真面目なものだから妙に不安になり、部屋の壁に掛けられた時計を見上げる。いくら眺めていても時計の針が全くといっていいほど回転しないので、デジタル表示の時計が欲しいとそのときふと思った。



雪かと思っていたら、降っていたのは砂ほどに細かな白い巻貝の粒だった。夜空をずっと落ちてきたせいか妙にひんやりとしているそれら一つ一つには、ちゃんと小さな入り口と渦を巻いて頂点まで昇っていく緻密な螺旋があり、これは聖夜の奇跡なのか黙示なのかということについて、緑色の口髭を蓄えた男と小一時間ほど話し合った。



夢の中にかみさまが出てきて、強く願えば、かつて失ったどんなものだって取り戻せるのだと言う。けれどそう言うかみさまの目の中には今までに失くしてきた無数のものへの想いが酷く哀しげに光っていて、目覚めの後にはかみさま、という響きの妙な柔らかさだけが残る。



酷く太陽の照りつける荒野をひたすら歩いている。細々としたサボテンや潅木に混じって、赤褐色の地面の上には原色のクレヨンが幾本も落ちていて、拾い上げようとする度に太陽の熱ですっかり溶けた蝋の色が掌にべっとりと貼り付く。喉の渇きが刻一刻と激しくなっていくのを感じながら、褐色の荒野をただどこまでも歩いていく。自分の身体だけが少しずつ色とりどりに染まっていく。



友人が出て行った後の扉をしばらくのあいだ見つめている。蛋白質が燃えるような臭いと共に鈍い金属音が鳴り響いて、窓を開けて外をのぞくとちょうど皆既日食が始まるところだった。少しずつ光を失っていく空を、西の空からやって来た無数の蝶たちが埋めていく。蛋白質の臭いに我慢ができなくなった所で窓を閉め、閉じたままの扉にもう一度目をやった。去り際の友人の台詞を思い出して、本当は世界はしばらく前に既に終わっていたのではないかと考える。しばらく前、ちょうど、そう、三日とか、あるいは一週間前くらいに。




自由詩 寓話#5 Copyright Utakata 2006-12-05 21:44:38
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