小詩集【ちいさなてのひら】
千波 一也



一、この手

誰かと比べてみたならば
大きい小さいは
あるかも知れないけれど
空はあまりに広いし
海はあまりに重たくて
ほら、
ひとの手は
どうしようもないくらいに
小さいものだったね

この手は
たやすく何かを失えるから
きっとすぐにも
何かを
つかめる

無邪気だった日のあこがれは
いまも元気に駈けていただろうか

ねぇ、きみ
恥じらうということは
その手が生き生きとして
忙しいということだね
もちろんこの手も
悔やんでは振りはらい続けているよ

欲しいものの名前を呼んでごらん
忘れてしまえることを知って
休むことなく呼んでごらん
そういう類のわがままならば
世の中を溢れても
構わない、と思う
みんな同じなのだから
懸命に
許し合えるはずだと思う

この手は
いま此処にいる

意味するところはただ真っ直ぐに
この手は
いま此処にいる

それだけ確かに届けばいい




二、ちいさなてのひら

てのひらには
てのひらがあって

そのてのひらには
さらにてのひらがあって

ちいさなてのひらは
どこまでもさがしてゆける

かわいた てのひら
つめたい てのひら
ぬくもる てのひら
しめった てのひら

ちいさなはじまりが
いつも
ひとつの
てのひらになる

なにかにふれることを
てのひらとよぶ

ちいさなてのひらを
どこまでさがしてゆけますか

たどりつけなくてもいい

てのひらをもつ
じぶんがいつでも
はじめのいちまいでありますように




三、告白

ひとつの想いが報われた日に
この手は
またすこし
小さくなった
それは
悲しみではなくて
ひとの非力さが
尚いとおしく感じられた、と
そういうこと


涙がなければ笑顔はない
約束がなければ
傷はない

たとえば誰かが
たやすく語ることの総てを
もう一度はじめから
確かめたいと思った

大げさではなく
つまらなくもなく
この手に
負ったぶんだけはただ確かに

えらぶことに慣れたつもりで
疲れ果ててしまうことは
とても寂しい

だからこそ
素直に知らないふたりがいい


「この手で大切にしたいひとがいます」


この手は
いつまでも小さいままだけど
愛と呼ばせてくれないか

むずかしい意味は含ませず
愛と呼ばせてくれないか

この手は
いつまでも
小さいままだから






自由詩 小詩集【ちいさなてのひら】 Copyright 千波 一也 2006-12-05 15:20:19
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
【こころみ詩集】