幻想譚(Mermaid's dream 2)
月夜野
箪笥のいない夜更けに
わたしは廃屋に棲む四つ目と会う
四つ目を思うとなんだかせつなくて
夕暮れ時からたまらない気持ちになる
廃屋が見える路地まで来たら
心臓が喉元までせり上がってきた
四つ目はむかし神様だった
節分の日に桃の木の弓で鬼を追った
四つ目はときどき
追われる鬼に噛まれた傷を
月光にさらしてヨモギで撫でた
ああ 四つ目四つ目とわたしは囁く
四つ目の頬は青白く
首筋は硬い木の肌のようだ
ポケットに忍ばせた一つの林檎を
四つ目と二人でこっそり食べた
かすかな酸味が歯茎に残る
いけない気持ちは微塵もなかった
親密でいることが心地よかった
四つ目は荒れた庭先に
林檎の芯を放り投げ
枯れ枝にかかる月にそっと手を翳した
わたしはそれから髪を解き
波の音が聞こえてくるまで
四つ目の胸に耳を当てた
「きみが人魚じゃなかったら
ぼくらはきっと普通に出会って
普通に林檎をかじってただろう」
四つ目の言葉にずきんとした
わたしが人魚じゃなかったら?
そんな仮定はあり得なかった
わたしは人魚で あなたは四つ目
この世の初めから決まっていたこと
百年前にも同じ台詞を
どこかで言われたような気がした
迷い猫が草むらの奥で
死んだ児の声そっくりに
オオアアアルと哀しげに鳴いた