北東の恋人
朽木 裕
「あ、雨の匂い、」
目をゆるく瞑ってキミは云う。
僕は考える。
キミの柔らかな髪からも雨の匂いはするのか、
なんて柄にもない事を。
「北東から哀しみがやってきます」
天気予報の口調でキミはふざけて笑う。
笑いながら云う。
でも目の奥だけが笑っていない。
きっとそれに気付いているのは僕だけ。
…キミ自身もきっと気付いてないんでしょう?
「哀しみが…来るって?」
煙草を不味そうに吸う癖がついた僕は
顔を思い切り顰めて煙を天に吐いた。
云うと予想通り、キミは哀しそうな顔をした。
「…そういうトコロ、大嫌いだ」
云ってうつむくキミの目から涙。
「それはどうも」
僕の影がキミを飲み込んで
僕の煙がキミを侵食して
僕がキミを抱き締める。
「キミに嫌われるなんて、光栄だな」
不味い煙草もキスとならいける、
雨の匂いのする髪を撫でて、そう僕は考えていた。