北東の恋人
朽木 裕

「あ、雨の匂い、」


目をゆるく瞑ってキミは云う。

僕は考える。
キミの柔らかな髪からも雨の匂いはするのか、
なんて柄にもない事を。


「北東から哀しみがやってきます」


天気予報の口調でキミはふざけて笑う。
笑いながら云う。
でも目の奥だけが笑っていない。
きっとそれに気付いているのは僕だけ。

…キミ自身もきっと気付いてないんでしょう?


「哀しみが…来るって?」


煙草を不味そうに吸う癖がついた僕は
顔を思い切り顰めて煙を天に吐いた。

云うと予想通り、キミは哀しそうな顔をした。


「…そういうトコロ、大嫌いだ」


云ってうつむくキミの目から涙。


「それはどうも」


僕の影がキミを飲み込んで
僕の煙がキミを侵食して
僕がキミを抱き締める。


「キミに嫌われるなんて、光栄だな」



不味い煙草もキスとならいける、
雨の匂いのする髪を撫でて、そう僕は考えていた。


散文(批評随筆小説等) 北東の恋人 Copyright 朽木 裕 2006-12-04 00:26:46
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