寂しい織物—四つの破片 デッサン
前田ふむふむ

  1.永遠の序章

(総論)
一人の少女が白い股から、鮮血を流してゆく、
夕暮れに、
今日も一つの真珠を、老女は丁寧に外してゆく。
それは来るべき季節への練習として、
周到に用意されているのだ。
人間の決められた運命として。

  ・・・・・・・

(各論)
眠らない艶かしい都会の、世界中の暗い窓の中で、いっせいに女の股が開かれて、混沌とした秩序を宥める、雌羊が血走った角膜の内部から声を上げる頃、一人の老婆が朦朧とした手付きで、毛糸を編む。長すぎた過去を焼却場の前の広場に、山積みにして決して燃やさない、苛烈な思い出は、豪雨に打たれて、爛れた皮膚をさらしても、老婆の編む毛糸の中に溶けて、固められてゆく。静かに重々しく時を刻む夜が、小声で永遠を跨いでゆく。

思惟の海の灯台よ。
    老婆の手を、閃光で照らせよ。


2・春の夢―幻影

遠い春が朦朧とした幻想にめざめる。
うすきみどりの季節を咲かせて、
気まぐれに魅せる一片の淡い輝きが走る。
小川の蛙が鳴き声をとめる刹那、
季節が洗脳した清々しさとポツンとした不安の空隙で、
霞のような花吹雪の闇のなかを、
静かに歩む美しい娘が、朝の声を浴びると、
ひかりのなかに透けている。

儚く、切なく、眩いみずいろの音階を、溢れさせる、
やわらかい朝のひたいが、
一瞬の微熱によって、
空から透明なブランコをつくり出す。
春の萌える息吹が、美しい娘を持ち上げて、大きな弧を描いて、
風に揺れるスカートが地面を覆った。
  わたしは花を産めるわ――
  わたしは虫を産めるわ――
だから、わたしはあなたの狂妄する情熱も産めたわ――

遥か山々からこだまする遠い声が、
美しい娘の涙と混ざり合い、
水滴となって気丈な葉の上に弾けた。
春の下半身が風のような揺らぐ湖面にひたると、
花々と美しい娘とはいっせいに発光していった。
花々は春に肉体を委ねる対流をおこして、
夥しく散乱して、
春の純白のなかで渦を巻いて、消えていく。
美しい娘は、震える小鳥に身を纏い、みどりの鳥瞰図に、
春の微粒子を振り撒きつづけて、
遥か、紺碧のカンパスの群に、白い肌を隠していった。

わたしは、しばらく夢の眺望に浸ると、
瞳孔の底には、只の荒れた地平が陽を浴びているだけだ。
あれは幻影。
わずかなときの驟雨に消されて、
垂直を描く、蒼白い若芽の履歴が流れてゆく。
ああ、懐かしい春の夢よ、――
諦めを見つめるひとみの奥を、こころの領土で風化した、
ひかりの夕立が降りそそいだのだ。
わたしのこぼした感嘆を、名もない鳥が咥えてゆき、
冬の灌木の裂け目に、凍る太陽が悲しく没した。

( 遥かむかしに見ただろう。

忘却の空に封印した、枯葉のような春が甦る。


3・孤独な居間にて―

コーヒーの香りが、居間の空気に広がり、
その一部が直滑降を行く。
ジェットコースターの速さで、
窓辺の朝陽に溶け込んでゆく。
その、爽やかさに、わたしのなかで時間の鼓動が一瞬だけ輝く。
木製の食器棚の上の古い写真のなかの無彩色のわたしが、
無彩色のコートを着て、無彩色の空に溶け込んでゆく。
写真を見ている時間だけ、世界が止まっている。
テーブルには、わたししか電話番号を知らない、
携帯電話が置いてある。
誰からも掛かって来ない携帯電話が置いてある。
今日の真夜中に、一人の幽霊が、
誰からも掛かって来ない携帯電話が鳴るのを、
じっと待っていた。
灰色のガウンを羽織った幽霊がうっすら微笑みながら、
じっと待っていた。
居間には、氷のような時間が、静かに流れていた。
小鳥が朝陽を持って来るまで。

   4.夜

夜空に懸命に駆け昇った星たちは
金色の微笑を浮かべ、愛の歌を爪弾いている。
その星に隠れながら、
別の星は銀色の涙を流す
その美しさは、陳腐な地上の瓦礫を、
幾千万の星の洪水で
押し流してしまうだろう。
わたしは原っぱに仰向けに寝て、
朔太郎の詩を黙読しながら、
この夜と抱擁する。
ああ、この心臓の温かさは、
夜が確かに呼吸しているからだろう。


自由詩 寂しい織物—四つの破片 デッサン Copyright 前田ふむふむ 2006-11-30 23:14:08縦
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