鳥籠あるいは高い塔
石瀬琳々

高い塔がある
空を突き抜け街を睥睨へいげいするように
その塔はそそり立っている
塔には一人の姫が住んでいた
囚われているのではない
自ら閉じこもっているのだ
目も耳も口も絹糸で縫い閉じて
何も見なくて 聞かなくて
言わなくて 済むように


何から逃げているのか
自分でも分からなくなる時がある
父王や母后ははきさきの束縛から──
名誉欲を満たすだけの求婚者たちから──
それとも この醜い世界からだろうか
何も見ないよう 聞かないよう
言わないよう そっと
やわらかな布団にくるまって
闇の静けさにくるまって


やがて 時も文目あやめも分からなくなった頃
ひとつの夢が忍び込んで来た
美しい鳥の声だ
夜ごと夢のとばりで鳴く鳥よ
その声を聞くのが唯一の救いだった
いつか 夢とうつつの区別がつかなくなり
いつか 心の鳥が翼を広げ始める
ああ それは夢ではないのかも知れない
この心を燃え立たせるあの声は──



姫は抑えきれず耳の絹糸を切った
耳をすます あ、声が 美しい、ふるえが
姫は抑えきれず目の絹糸を切った
目をこらす あ、鳥が 金の、つばさが
姫は抑えきれず口の絹糸を切った
口をひらく あ、歌が わたしの、魂が



その朝人々は聞いた
美しい鳥の一鳴きを
高い塔から一羽の鳥が羽ばたく姿を
それっきり 街はしんとして静まり返り
姫の噂もいつしか途絶えた
姫という存在も定かではなくなった
ただ高い塔だけがある
空を突き抜け街を睥睨へいげいするように
その塔はそそり立っている



自由詩 鳥籠あるいは高い塔 Copyright 石瀬琳々 2006-11-28 16:19:29
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