母のお守り 〜ある母子〜 
服部 剛

机に置かれた一枚の写真

若い母が嬉しそうに
「 たかいたかい 」と
幼い彼を抱き上げている

年老いた母は安らかな寝顔のままに 
「 たかいところ 」へ昇ったので
彼はひとりぼっちになった

告別式から二週間が過ぎ 
今でも話したいことがある日は 
夜になるとふいに受話器に手をかけて 
あの古い家に母はもういないと気づく 

そんな時 
半開きの夜窓から覗く悪魔は 
冷たい夜風を部屋に吹き込み
虚無の闇へと彼を誘う 

机の上に置かれた 
携帯電話が震え出し 
小さい画面を開くと
子供の頃から
母に可愛がられた友から
一通のメール 

「 亡くなる三日前に
  お母さんがベッドの上で書いた 
  君への手紙をもらったよ    」

長い夜が明けて 
彼は近所の喫茶店で 
友から母の手紙を受け取った 

便箋の封を開いてカードを取り出すと
空白の中心に
精一杯の、震えた文字が一行 


( わたしは今も、ここにいます ) 


向き合う彼と友の間に、流れる沈黙。

この世に遺された母の字を
じっとみつめた彼は
再び便箋にカードを入れ 
上着の内ポケットに 
そっとしまった 





自由詩 母のお守り 〜ある母子〜  Copyright 服部 剛 2006-11-26 13:51:34
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