母のお守り 〜ある母子〜
服部 剛
机に置かれた一枚の写真
若い母が嬉しそうに
「 たかいたかい 」と
幼い彼を抱き上げている
年老いた母は安らかな寝顔のままに
「 たかいところ 」へ昇ったので
彼はひとりぼっちになった
告別式から二週間が過ぎ
今でも話したいことがある日は
夜になるとふいに受話器に手をかけて
あの古い家に母はもういないと気づく
そんな時
半開きの夜窓から覗く悪魔は
冷たい夜風を部屋に吹き込み
虚無の闇へと彼を誘う
机の上に置かれた
携帯電話が震え出し
小さい画面を開くと
子供の頃から
母に可愛がられた友から
一通のメール
「 亡くなる三日前に
お母さんがベッドの上で書いた
君への手紙をもらったよ 」
長い夜が明けて
彼は近所の喫茶店で
友から母の手紙を受け取った
便箋の封を開いてカードを取り出すと
空白の中心に
精一杯の、震えた文字が一行
( わたしは今も、ここにいます )
向き合う彼と友の間に、流れる沈黙。
この世に遺された母の字を
じっとみつめた彼は
再び便箋にカードを入れ
上着の内ポケットに
そっとしまった