天上の国 鳥の文字
「ま」の字
とりがいる
「Pain
「ぴア
弧を描き
弧をねがう
ひわひよひわ 啼き声を発しながら
希薄な大気には失語の気配
〈だがひとは、 太古 このとりの足跡を見て 文字を学んだのだ
あの日 飛行機にのって
私は初めてあの雲を見た
あの国を見下ろした
さびしい さびしい
雲の王国
えいえんのごとくに動かず
すでに滅亡し
ただ起伏だけがくりかえす
あの国土に
王と封じられたとて 何あろうか
われは王とて 考えるか
来る五十六億七千万年を
かんがえるか
あるいは追放された同然の身を知って
ひとり裸足に国土を行脚し続けようか
かぜに
ホろぼろと風化し
すでに半ばとうめいな
懐かしい夢で見た狂王のようなものに
いいや王は懐かしい 家族や 過去の人々の ありさまが
つぎつぎと 淡く
雲の国に 立ちあがるをみる
湧くがごとき追憶の
はかなく こころもとげなく
みにまとわり
その あるかなきかのぬくもりに浸りつつ
放逐の身は 世界の大気の冷却期に入るを知れり
ああ
再生の未来を ゆめみ
自ら液体窒素中に降りて眠るひとのみるゆめに似ている
きこえるだろうか 声
うつつだろうか きこえるこのゆめは
耳欠け 鼻潰れ 白泥のごときひとの
ゆめ 飛び去る わらうけはい 何とも知れぬ古い風光 ひかるふしぎ
ひこうきはなおもじょうしょうし
遠ざかりゆく雲の国土の
遠ざかる間に
またも
雲の網の目がしづかにあらわれ
やがて再び 眼下にさびしい天上の国が
またひとつ
すがたをあらわすのだ
雲の上に雲
天の上に天
私は衰弱してしまって 思う
何度も 何度も繰り返される
この おそろしいうつくしさに たへられない
はやくその
とそつの天宮にひとり
追い放たれ
えいえんに さびしさに しびれたままのありさまで いたい
気持ちも手もしびれた男を乗せて
ゆめのようにしびれたまま
ひこうきは
むげんのじゃうしゃうをつづける
騒音は次第に遠のき
ふうけいの遠方から かすかに
風 いやなにか吸引するがごときの
美しい ノイズがきこえだす
(「Pain !
(「ひあ!
意識が遠ざかるのか
心が夢を見るのか
飛行機にのって
とりもない天空の 記憶を記述していた
太古、ひとはとりから文字を
まなんだ
ああ まなんだのだが
そのとりのきもちをもって
文字を綴りゆくことの
きっととりの
天宮をとびゆくような胸すくさびしさ
おお 天上の国 鳥の文字
懐かしく すべてに違和のある
この さびしい故宮にあって
凍てた身で 凍てた記憶を記述する
不思議な音を聴きながら
ゆくりなく ゆえもない (自身ではないように思える)文字を
ちいさく
遺す…
ゆっくりと
雲の国も じつはゆっくりと移ろう
ゆるやかな おだやかな おそろしい日々がゆき
《Ga A、 ア ほーディYaァ! オオ ゴオ でぃ…
わたしはとりであった
どこともしれず てんきゅうともしれず
おお あたたかい(さむい)記憶のうみに …
(ぺいん!
(でぃあ!
(ひあ!
「ひあ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて透徹した夕べの光が ゆっくりと差し込んでくる
おそろしいものを
さらに おそろしく照らしだし
(永劫 おわりのないこと)
ゆうばえのくりかえす億土に ゆうばえの
億回がすぎてゆく なにもかわらず なにもわからぬ
おお、ゆうばえの 億度にものくりかえす国 雲のくに
八雲立つ 荒ぶる 王の ついおく も消えはて
存在 この 王という名の幻覚 幻覚としての我
( ねがい描いた 孤の )
ひとはみな、とりから文字をまなんだ
ひとはみな、このとりの足の跡から 自らえがく 文字をきり出してきたのである
《 幻覚 我、とり
ひあ!