詩友への手紙 〜僕とあなたの間に一篇の 詩 を〜   ’06・11/12
服部 剛

 今、時計の針は、午前二時半を回っている。この深夜に、何故か
僕はあなたに手紙が書きたくなった。(あなた)というのは、特定
の誰かを指しているのではなく、今、この手紙を読んでくださって
いる(あなた)に向けて、僕はこの手紙から語りかけています。  

 あなたは今日、どんな一日を過ごしたのでしょう。先ほど近所の
ファミリーレストランでお茶を飲みながら「夜道のふたり」という
詩をメモ帳に綴ったり、何篇かの詩を読んだりした後、テーブルに
頬杖をついていた僕は、そんなことを考えていました。この手紙を
載せているパソコン画面の向こう側に、それぞれの(あなた)の日
常があり、それぞれの日々を彩る心模様があることに、僕は想いを
巡らせていました。ファミリーレストランに入る前に、駅の辺りで
腕を組んでなんとか歩いている老夫婦を見たので「夜道のふたり」
という詩を書いたのですが、僕はそのふらつきながら歩く老夫婦の
姿を見ていると、「ふたりの間に入り、共に歩きたい・・・」とい
う気持が心に湧いて来るのを感じました。それは、心貧しい者であ
る僕の優しさというよりも、(この世に消えることの無い、確かな
想いは、そうすることのほかには無い・・・)と感じる僕の心の奥
にある、言葉にならない願いに似た感情なのでしょう・・・そんな
少し前の出来事を深夜のファミリーレストランで想い出しながら、
僕は誰もいない向かいの席をみつめ、姿の見えない(あなた)に語
りかけているのです。今こうしして、(あなた)に手紙を書いてい
るように。それはきっと、僕が人並みに寂しがり屋だからかもしれ
ません。最近僕が書いた詩の中では「ピエロのハンカチ」や「碧い
腫瘍」を読んでいただければ、僕が感じている寂しさがあなたにも
伝わるのではないかと思います。そして、その寂しさとは、人間で
ある以上、時に誰もが心の中にある寂しさであり、そんな僕とあな
たを結ぶものが(詩)なのだろうと感じます。僕は、今この手紙を
読んでそっと頷いてくれているあなたに会いにいきたい。深夜のフ
ァミリーレストランの、誰もいない向かいの席に、想い浮かぶ顔は
特定の誰かではないけれど、今僕は瞳を閉じて想い浮かべているフ
ァミリーレストランの向かいの席に、詩友として座っている(あな
た)に、先ほど一人の時に読んでいた詩を紹介します。 


  無色の人 
           永瀬清子 

  壮んなる個性もてる人は 
  絶壁のごとくそばだちて 
  我そを見るさえかなしく・・・ 

  我にやさしき人は 
  わが涙のために 
  色なき手巾を取り来る、

  地より水の湧くごとき 
  しずかなるその声は 
  おのづとみどり児に乳あり 
  小鳥に影あることをかたるなり 
  我は世にもすなほにうべなひて 
  それらいと小さきもののなかまたらむ 

  かなしみのいよよふかきほどに 
  我は無色の人のふところに泣くなり    *


 僕は誰かとお茶を飲む時、一篇の詩をお互いの間に置いて、その
詩についてお互いに感じたことを語らうのが好きです。あなたはこ
の詩を読んでどんなことを感じたでしょうか・・・?「無色の人」
とは、何処か謎めいていて不思議な存在感がありますね。それは読
者それぞれに想像することでしょうが、僕は第一詩集の「風の配達
する手紙」を誰かに謹呈する時に、いつも書き添える言葉を想い出
しています。 

  姿の無い 詩 は 
  いつもあなたの傍らに 
  少し寂しく微笑んで 

 先ほど僕は自分のことを寂しがり屋だといいましたが、それは、
誰もが心の内に秘めている「人間の哀しみ」であり、その「哀しみ
そのもの」が、誰もの胸の内でおぼろな人の姿で現れるのを感じる時が
あります。「朧な人の姿」と「無色の人」のイメージは重なり、
「姿の無い詩」であるように僕は感じています。 

 「無色の人」とは、作者にとって実在する人物でしょうか?それ
とも幻想なのでしょか?頬を伝う涙をそっと拭ってくれる母親のよ
うな優しさを、この「無色の人」に感じます。 

 僕が今日書いた「夜道のふたり」という詩も、ふらつきながら家
路に着く老夫婦の後ろ姿をみつめる「無色の人」のまなざしで書い
た詩であり、そう考えると姿の見えない「無色の人」は風のように
何処にでもいる存在のような気がしてきます。 

 今、この手紙を書いている僕と、読んでいるあなたの間には「無
色の人」が立っており、僕達に何かを語りかけている気がします。

 何気ない日々の中で、風になった「無色の人」が密かに吹き抜け
る時、そこにどんな詩的な情景が広がっているでしょうか? 

 今日は僕の手紙を読んで頂き(僕の向かいの席に来てくれて)
ありがとうございます。それぞれの日常でささやかな詩情をみつけ
たら、また深夜のファミリーレストランで向かいの席に座り、僕と
あなたの間に一篇の詩を置いて、語らいましょう。



        * 永瀬清子詩集(思潮社)より
         カタカナを平仮名表記に変えて抜粋しました。 








散文(批評随筆小説等) 詩友への手紙 〜僕とあなたの間に一篇の 詩 を〜   ’06・11/12 Copyright 服部 剛 2006-11-12 04:24:18
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