光 ・ 粉雪 ・ 蟻 ・ ・ ・
杉菜 晃
◇光
雪山には
光が爆発してゐる
人影はなく
光の爆発はつづいてゐる
◇粉雪
粉雪がさらつてゆくものは
甘い想ひ出と
酩酊
ちりちりと刺して
冷ましゆく
かかる仇討ちに遭ふ
いはれはなけれども
◇蟻
雷鳴を境に
大路を行き交ふ
蟻の動きは
極端に
せはしなくなる
人もせはしなくして
観察したものは
ない
◇はすはをんな
はすはをんなの
吹く笛は
息の下から
声が洩る
音色おのづと
生温く
鴉の声にも
劣るべし
◇燕
燕が飛来するのは
日の跳梁する真昼
彼らは故郷が
あまりに耀いてゐたものだから
夜になつてもまだ
明るさのなかを飛んでゐる
◇鹿
鹿は立つてゐる
巌と同じすがたで
魔が差して
銃弾を発射すれば
跳ね返つてきて
天罰を受けるのは必至
◇林檎
樹の林檎が
山の紅葉を
奪つてしまつた
碧空ばかりは
高遠にして深く
さうはいかない
◇雪
雪に降り込められた
一軒家が
人恋しさに
雪掻きをしてゐる
◇ブランコ
子守の女は
子供を忘れて
ブランコを
押してゐる
子供は
女の物思ひのままに
揺られて
◇大鷲
四囲ひそまり
巌に大鷲来て
留まる
◇北の風景
冬木は
凛々として
立つてゐる
照る空へ
裸の枝を張つて
◇焚火
里は暮れて
一面
黒ずんでゐるなかに
焚火がひとつ静止画像のやうに
灯つてゐる
近づいて行くと
何人か火にあたつてゐて
赤いセーターの女が
火元のやうに立つてゐた
◇茄子
露に濡れ光る
茄子の紺色
この新鮮な
艶めきのまま
保つておかうとしたら
即刻
食べてしまふしかない
◇牛
初時雨だ
牛は見てゐるぞ
小屋の窓から
ぬくぬくと
白い息吐いて
◇窓
窓は
雪景色を
眺めるためにあるが
たまには
室内を覗きにくる
鳥もある
◇露
露は自分の重さに堪へきれず
一度葉の上を転がると
安定を欠いて
葉から葉へ
樹から樹へ
ころりころりと
際限なく転がり続ける身上となつた
◇蕨
蕨の萌える丘は
発光体のやうに
明るくなつてゐる
◇青蛙
青葉に縋りついて
青い色素を
吸ひ取つた青蛙
その分だけ
葉が白つぽい
◇小豆
小豆の莢を揉むと
固い小さな生きものが
弾け跳ぶ
天然のあづき色
としか言ひやうのない
艶めかしい健気なつぶて
◇寒スズメ
寒スズメが
膨れて
猫を脅かしてゐる
針鼠を前にて
猫は手も足も出せない