所有物ではないのにね。
千翔

私は少し、いや、だいぶ母親に依存していると思う。
世間的にいうマザコン(マザーコンプレックス)だと思う。
私は女であるが、もし男で結婚するなら母親みたいな人がいい。
何でも物事をはっきり言えて、少し短気で突っ走ることが多いけど。
男に媚びることは絶対しない、接客業も嫌いなお母さん。
そんなお母さんが好きだ。



旦那と別れたのは正解だと思う。
母親を泣かせるあいつは今でも私の「憎い奴」として、心に刻まれている。
今、お母さんは自由でのびのびしている。
私ものびのび幸せだ。




一回だけ、恋人ができた。お母さんに。

職場の同僚だった。
またあの感情が出てきた。
「憎い」という感情。
あるいは、
「寂しい」
「お母さんを捕らないで」
結局一年で別れたけど、今でもその男は嫌いだ。

お母さんも本気じゃないと言っていたから、少しはすっきりするが。
もしかしたら、それはお母さんが私を宥めるために言ったのかもしれない。
お母さんが獲られなくてよかった。
本当に良かった。


私はお母さんがいなければ、生きていけない。
もし、死ぬときが来たら、一体何年沈んでいけばいいのだろうか?
立ち直れないかもしれない。

怖い。

失いたくない。

絶対的な人。
本当なら、

お母さんの幸せを願って再婚したら?と薦めたほうがいいのかもしれない。
でも、お母さんは私と生きていくことを選んでくれた。
それが、幸せだと思ってくれた。
それが、私の幸せでもある。


これからも仲良くしようね。


早く実家から出て二人で暮らそうね。











散文(批評随筆小説等) 所有物ではないのにね。 Copyright 千翔 2004-03-23 15:58:43
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