白い旗 夏の終はりの海岸線
杉菜 晃

緑濃い山陰やまかげから
ひらりと紋白蝶がさまよひ出た
断崖の下は海の群青
湧き上がるすでに夏とはいへぬ
冷ややかな風を器用に避けつつ
蝶は陸に沿つて舞ひはじめる
波打ち際には
幾千万といふ白い蝶が
押し寄せては砕けてゐる
白波を仲間の最期と見た
紋白蝶の錯覚
鮮やかな錯覚


―ああ 自分もあんな死骸と
なつて果てる前に
寄る辺となるものを
探さなければ―


紋白蝶は
崖縁から砂浜に出て
夥しく押し寄せる
死せる蝶の上を飛んでいく
空中にさまよふしかない
悲しい妄想の中を舞ひつづける


漁港が見え
手前の砂浜に
出漁を告げる白い旗が翻つてゐる
死の海岸に
ひとり雄々しく
はためいてゐる白い旗
いや はばたく大いなる白き蝶
紋白蝶は
その白旗に向かつて
せつぱつまつた思ひで飛びつづける
それまで
あの青い海原に迷ひ込んではならない
海鳴りは
悪魔の咆哮としか聞けない


白い旗に辿り着くと
あまりの大きさに
紋白蝶は目を回して取り縋つた
それからは
身動き一つしなかつた


翩翻へんぽんとひるがへる
大いなる白旗を
父とみたものか
母とみたものか
はたまた
紋白蝶の故郷と思ひこんだものか


ぢつとしがみついて
強い風がきても
飛沫が降りかかつても
離れなかつた




自由詩 白い旗 夏の終はりの海岸線 Copyright 杉菜 晃 2006-10-27 16:57:35
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