すみちゃんのセーター
吉田ぐんじょう

泥棒のような前傾姿勢で
妹の洋服を
箪笥から引っ張りだして纏った
ふわわ、と甘いにおいが漂った

わたしは服を持って居なくて
だから何時も裸で暮らして居るのだが
この頃はとみに寒く
やはり
最低限度の人間らしい生活を営むには
冬に裸では駄目だと思う

わたしと妹とは
その昔
随分と体型に
隔たりがあったように思っていたが
その横縞のセーターは
まるでわたしの為に誂えたように
肩や鎖骨やおっぱいの膨らみに
過不足無く貼り付いた
ぺそん、と云う感じ

其の侭
妹のパンツとかズボンとかも履いて
すっかり人間みたいな形に成ってから
一年振りくらいに表へ出た
町の外観は
整形でもしたかのように
劇的な変化を遂げていた

信号待ちをしているとき
ブティックのショーウィンドーに
妹がうつって此方を見ていたので
あれ、すみちゃん、何時かえってきたの
と言って触れた
妹は硬くて冷たかった
変な顔をしていた

あれ、すみちゃんかたいねえ
つめたいねえ
具合でもわるいの

五分くらい触りつづけてから漸く
それは妹では無くて
自分である事に気がついた
居たたまれなくなったので
逃げるように横断歩道を渡った
青信号は点滅し
鳩が笑うみたいな音が追いかけてくる

息を切らしながら妹に電話を掛けてみたら
今からバイトだから
と言って切られた
後に残ったのは
通話時間三秒と云う画面表示

一体
何時から妹は
あんなにちゃんとした人になったのだろうか
わたしたちは
シャム双生児のようなものだと
思っていたのだが
切り離されたのだろうか
こんなにも徹底的に

セーターを嗅ぐと
わたしの臭いがついてしまっていた
ズボンにもパンツにも多分
わたしの体臭がついてしまっていた

帰り際にもっかい
ショーウィンドーを覗いた
一瞬妹がうつり
それから直ぐわたしに変わった

ぺそん、と云う感じのセーターは
今の季節には少し薄いのだろうか
上を向くと三回
くしゃみがでた
三回のくしゃみのうち三回目だけは
妹とそっくりな声だと思った



自由詩 すみちゃんのセーター Copyright 吉田ぐんじょう 2006-10-27 12:36:47
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