秒針とのコンポジション
前方後円墳

(?)

夜の路地裏で
また一歩
靴音が連れ去られていくのを見ていました
静寂の胎で
わたしは叫びにも満たないのです

壁にもたれて煙草を吸いながら遺された足跡に浮いた灰汁を眺めていたのですが次々と知らない人が踏みつけて次々次々踏みつけられて次から次へと交わるのです

知らない人と
交わるのです



(?)

夜に消える
影の足音を聞いたことはありません
さよならを言ったこともありません
ただいつものように
夜明け跡に落ちている
今日の影を靴底に貼り付けて
影具合を確かめてみると
「よくお似合い」
自嘲気味の笑みが絶えませんでした

夜明け前
ブルースクリーンの天幕に
今日の
一日の撮影が始まろうとしています
世界中の
あるいは
わたしだけの



(?)

朝食の涎と
蜜柑のつめたい果汁
その喉元で重なり合う瞬間に
目覚まし時計はとてもやさしく秒針を打っています

「こんな日は、
出掛けたほうがいいのかもしれない」

 (そう こんな日でした
  父はわたしを番の州に連れていきました)

幼い頃 頼りなく暖かい冬

 (そう
  幼い頃 嘘をついて母によく叱られました)

今でも嘘をつきますが叱られません
もう大人ですから

そんなネジ巻きの仕掛け
こんな日は出掛けたほうがいいのかもしれない


 (ああ また嘘をついています)



(?)

わたしの電車はまだきません
きれぎれの線路の
どこかの
まだ動かない電車です

プラットホームをトンネルが通り過ぎると
時化た空と凪いだ海が
青白い顔でわたしを見ています

息は風景に溶けていくのに
わたしはいつまでもそのままでいるのです
真昼に呑み込まれてしまいたいのに



(?)

冬の番の州にわたしを連れてきて
海を見せてやると
広く どこまでも遠く
何もないところまで還してほしいと
ネジを巻き始めるのです

誰も知らない父が
誰もいない冬の海に
わたしを連れてきたことを
知っていて
海にでも 砂にでも
好きなところに来ることができます

そんな父の
硬い手を握りながら
取れかかった袖のボタンが落ちないか
ずっと ずっと見ていたので
浜辺に打ち上げられていたはずの
よろこびも
かなしみも
知らない



(?)

半壊した小屋に
投網がだらしない

折れ曲がった秒針が一本
潮で錆びています

母は
投網を
秒針を
捨てて
きっと 幼い頃と同じように
わたしを撲つのです

打ち捨てる母の
浮腫んだ指
血管の這う乳房
かきむしった背中
その体温
気づいていることは
たくさんあるのですが
忘れたふりをして
嘘を集めているのです



(?)

わたしから産み落とされていく秒針
今はまだ
その愛しむことのない生まれたての死産を
踏みつけている
足許で
数え切れないほど回り続けている毎日の影が
いくら隠そうとしたところで
踏みつけているその感触は
胸元で震える音になるのです



(?)

弱々しい真冬の正午
声となり
漂泊するすべての肯定に唱えた
「おはよう」






自由詩 秒針とのコンポジション Copyright 前方後円墳 2004-03-19 19:50:07
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