稚内で死んできた
しゃしゃり

女にふられたので、
稚内へ行って死んできた。
稚内へは、羽田から直行便が出ている。
うすぐもりの空がまるでばけものの飛ぶ空のように広い。
ツアー客のでっかいトランクのなか、
浪人生みたいに手提げかばんひとつな俺よ。
女にふられたくらいで死ぬなんて、
女々しいやつだと、言うひとよ。
じゃあ聞くが、ひとはそれ以外のどんな理由で、死ぬのか。
いじめか。
くだらん。
リストラか。
くだらん。
そんなの、死ぬ理由として、美しくないではないか。
きっとあの世はどっちかというと、
シャンデリヤな都会風だと思うよ。
そこでゴロ寝して、気の合う人たちとおしゃべりしても、
やっぱり恋で死んだのよ私、という人のほうが、素敵じゃないの。
一頭のロバでもそばに寄ってきそうじゃないの。
駅前の定食屋は、ほんとにメニューにロシア語が書いてあった。
日替わり定食は鮭の煮付けだった。
古い映画の冒頭の一場面のようだと思った。
エーエムラジオから「カナダからの手紙」が流れた。
旅館の名前だって、「さいはて」とか「サハリン」とかゆうんだぜ。
そりゃさいはてなんだなあという気分になるさ。
自転車を駅で借りようとしたら、
今はやってませんと言われた。
夏だけです。
でもあちこちで聞いたら、
駅前の喫茶店で、裏にあるからどうぞと言ってくれた。
でも雨ですよ?
いいんです。どうせ死ぬんです。
それで、自転車にのって、ノシャップ岬までこいだ。
旅館で借りた傘を開いたら、すでに一本骨が折れていた。
しかも、雨がモーレツになってきやがった。
傘はおれのこころのように複雑骨折してしまった。
生きるということは、雨にさからうということだよ。
雨はともかく、風が強い。
小ぶりになったのでぶっとばして、
ああ、北の海。
北の湖は強かったな。
俺のみたいちばん強いお相撲さんは北の湖だったよ。
でもこれは北の海だ。
友よ。
都合のいいときだけ呼びかけてごめん。
でも友よ。
北の海は、そりゃこわい。
ごうごうと荒立っている。
かもめが折れそうに飛んでいる。
すごくこわいんだよ〜
とても、死ぬなんてできないと思ったね。
だって、それはまるで死そのもののように、怖いのだ。
ツアー客がバスでやってきて、わいわい写真を撮っている。
自転車の俺をめずらしそうに見ている。
灯台はほんとうに恐竜でも呼びそうなしろものだった。
プレハブのたてもののなかに、
トドの剥製があったけれど、そのトドがまた心底恐ろしかった。
死にたい奴は俺んとここい。
俺も死にたいけど心配するな。
みろよ北の海。
おっそろしさのあまり引き返すしかあるまいよ。
それからほんとうの豪雨になった。
夜はほんとにハンバーグ定食を食べた。
稚内でハンバーグ。いくらもうにもいらないよ。
それもまたよかろう。
旅館の部屋から、あの子に電話した。
ありったけの勇気で。
今なら○○○○といえると思ったから。
でももう出なかった。
終わりだった。
朝になると晴れていて、空も海もきれいだった。
豪雨でJRが通行止めになり、途中までバスに乗って帰ることになった。
北海道は広いよ。
どこまで行っても北海道だ。
なんでこんなところに住んでるんだろうと思うところでも、
どっこい人は笑って生きている。
友よ、人間はしぶとい。
そうとうに、タチがわるい生き物だ。
それだけは、俺たち、間違いないようだぜ。












自由詩 稚内で死んできた Copyright しゃしゃり 2006-10-22 07:41:17
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