『ルクス、』
吉田ぐんじょう

電車は学芸大学を過ぎた
橙の薄日が
くすくす眼を射り
わたしは数年前に
逃がしてしまった犬の事を
茫洋と考えていた

毛並みの良い犬だった
ルクスと云う名で呼んでいた
或る日鎖をひきづって
夕日を噛りに出掛けたんだろうか
とても食いしん坊だったから

ぴんぽ、とか云って扉が開く
得意げに降りてゆく人達にはきっと
愛する人が在るのだろう
野原や路上や海などに
そうやって帰ってゆくのだろう

流れ去る希薄な青色のさなかに
白い柔らかな月が見えた
だからわたしは
ルクス、と呼んだ

大丈夫だと
解ってはいたけど


自由詩 『ルクス、』 Copyright 吉田ぐんじょう 2006-10-15 16:31:51
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