天使祝詞 ルシフェル
The Boys On The Rock

私は悪魔ではない
地獄の炎に取り巻かれているわけでも
コウモリの翼を持っているわけでもない
人間の中で暮らしてはいるが
私は れっきとしたマラークのひとり
今日も 無能な部下の提出する書類一式をチェックし
年度末の残業で帰宅が遅くなることにやる気をなくしつつも
早朝の新緑の匂い 愛おしい羽虫の羽音 美しい若い人間の交歓の叫びになぐさめられ
なんとかその日をしのいでいる地上のサラリーマンでもある
ただ
私は生命を惜しむもの
生命を愛するもの
天上にいたころ
手のひらの上で明滅する光に
たまらない愛おしさを感じて
思わず握りしめた
拳の中で
死を甘受した蛍に
悔し涙を流したものだ
私はただ 生命が愛しいだけなのだ
・・・ふと聞こえた
親を呼ぶ雛の鳴き声
見回すと 道路を隔てた歩道の脇に立つポプラの根元
野鳥の雛の か弱げな鳴き声
思わず手にとり なんということだ かわいそうに
手の中で あたたかい血流の脈動を感じる
ぴいぴいと鳴く雛の存在は ことのほか愛おしく感じられた
このまま放っておいたら
ネコやカラスに食べられてしまう
なんと天の父は残酷なのだ
私はあたりの見回し
ひさしぶりに
ミカエルに片翼をへし折られ 不自由なった翼を 羽ばたかせ
ポプラの梢の中腹
哀れな雛の親鳥の巣へ
打ち震える雛を 親鳥に帰してあげた
スーツ姿の
片翼の折れた異形の天使の登場に
親鳥の目は色を失っている
傍らで 甘えて鳴く私の雛
思わず 感動の再会を期待し にこりと微笑む私
ただ 私のことを 人間として認識した親鳥は
帰したばかりの雛の目を 首を 頭を
鋭いくちばしで つつきはじめたのだ
(父の摂理は堅固だった)
やわらかい粘膜質の頸部から
先ほど感じた あたたかな血流が噴出し
ほどなく 哀れな 私の雛は こと切れたのだった
愛おしい雛の 息絶える様子を
一部始終見せつけられた私は
天を仰ぎ その一点をにらみつけた
私は生命を惜しむもの
父よ
今でもそれは変わりませんよ と
いつもの呪詛の言葉を投げつけ
山積みの仕事の待つ 会社へ
足早に出勤したのだった


自由詩 天使祝詞 ルシフェル Copyright The Boys On The Rock 2006-10-14 11:04:47
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