花の名前をおぼえようとする
角田寿星
マリーゴールドと
マーガレットの区別がつかない
ツバキとツツジを間違えて
笑われてしまう
アヤメとカキツバタにいたっては
はなっから諦観の境地で
でもそれはちょうど
パスカルとサルトルを間違えたり
萩原朔太郎と
高村光太郎の区別がつかないのと一緒で
きっと大したことじゃないんだろう
土曜の朝に
ぼくとたあくんは電車を乗り継いで
手をつないで花の咲く私鉄沿線を歩く
たあくんはことばが遅い無口な幼児で
父親のぼくもきっとことばが遅いんだろう
パンジーやサクラソウがご丁寧にも
名札をぶらさげてつつましく笑っている
閑静な住宅街の空き地は
クマもオオカミも荒らしに来ないからタンポポが伸び放題で
一瞬 菜の花畑かと見間違える
「たあくん たんぽぽ」ぼくが口を開く
「みかん の み」たあくんがこたえる
「みかんじゃねえよ たんぽぽ」
「おしさま」おひさまのことなんだろう
タンポポは当たり前のような何の感慨もないまあるい黄色で
春に暖まってきらきらして少しさびしくなる
時間がまだあるので
近所の公園に寄り道することにする
すべり台とブランコしかないちいさな公園だ
たあくんはひとりで
すべり台とブランコを何回も何回も往復する
両手をひろげ ときおり転びそうになり
たまには実際に転んでみせながら
ぐるぐるぐるぐる ぐるぐる
「バターになるぞう」
「のぞみ つばめ なんかいラピート」
たあくんがバターになった時の対処法だが
実はきちんと考えてあるので心配いらない
目的地は目と鼻の先だけど
朝っぱらから親子して
かるく道に迷って早くも遅刻しかかってる
白い小鳥が一羽 公園の下生えをつっと横ぎっていく
ぼくはといえば
ちいさなブランコに窮屈な尻を埋めたままで
ぼくは花の名前をおぼえようとする
ぼくは
鳥の木々の草の名前をおぼえようとする