クローディアの死んだ日。
もも うさぎ
あの頃あたしは
モンパルナスの小さなアパートで
クローディアと一緒に暮らしていた。
暮らしていた、と言っても、三ヶ月くらいの間だったけど。
その小さなアパートには、
クローディアと、友達のアニー、アニーの娘達が二人
そしてクローディアの犬が一匹暮らしていた。
この犬はあたしにとてもよく懐いて、いつもあたしの後ろをついてまわった。
静かな、いい犬だった。
クローディアは60を過ぎたくらいのフランス人女性だった。
昔はさぞかし美人だっただろうその風貌には、数年前に患ったと言われる病気の影が少し残っていた。
クローディアは毎日タバコを吸い、ビールを飲んだ。
そしてあたしにいつも同じ話を一生懸命してくれて、ピアノを聴かせてくれ、とせがんだ。
クローディアは魔女だった。
これは本当の話だ。
クローディアには、不思議な力があった。
クローディアの占いは、その世界ではちょっとした評判で、世界各地から占って欲しいという手紙がきていた。
あたしも占ってもらったが、それはとてもよく当たった。初めて、世に言う不思議な力を信じたのがこの瞬間だ。
深夜、水を飲もうと起きたあたしは、キッチンでビールを飲みながらカードで占うクローディアを見かけたことがあった。
彼女は優しかったし、
いつも悲しそうな目をしていた。
彼女の犬も、そんな同じ目をしていた。
ある日、あたしは学校の大事な試験があって、クローディアはお守りに、と言って、幼い頃からしているという大切な指輪をあたしに預けてくれた。
この指輪は、試験の期間中、あたしを守ってくれた。
あたしは知らなかった。
あたしが試験を受けている間の日に、クローディアは病院へ検査を受けに行っていた。
クローディアの指輪は、あたしが持っていたままだった。
クローディアの病気は、再発していた。
あと、三ヶ月だった。
その後クローディアは、あたし達の前にあまり姿を見せなくなった。
犬をどうするの?と、アニーの娘の一人が言った。
犬はあくまでもクローディアの犬だったし、クローディアのいない世界を、みんなが考えられなかった。
指輪を返したとき、クローディアは弱々しく微笑んだ。
その後のことを、あたしは知らない。
この直後、あたしは日本へ帰国することになり、次に渡仏したときには一人暮らしをするアパートが決まっていた。
あんなに仲の良かったアニーの娘達とも、連絡をとらないままにもう二年が過ぎようとしている。
あたしは
クローディアの最期を知らない。
指輪がなかったことがクローディアの力を弱めた。
少なくとも、あの奇跡を目の当たりにしたあたしには分かる。
そしてあたしは、クローディアから逃げたのだ。
本当は分かっている。それはあたしのせいではないこと。
クローディアはあたしを責めたりはしていないこと。
でも、死というものは、
足音を少しずつ大きくしてこちらに向かう。
クローディアのような魔女にも、それは同じだった。
死は、けして美しいものではない。
あらがってあらがって、
醜く人は亡くなっていく。
それが正しい。
クローディアを最後に見てから、もう少しで二年。
あたしはあのアパートの誰とも連絡を取っていないけど、
クローディアはもう確実にいない。
せめてクローディアの死んだ日が
今日みたいな雨で
しとしとと降り続く雨で
あたしが泣いた
そんな日だったらいい
je t'adore, ma deesse.