コスモス
keiji

 コスモスが咲いている。

 いつか、この花の花言葉を調べたことがあった。

 乙女の真心、純潔など....色によって違ってたと思う。

 秋の柔らかい日差しに淡いピンクが透き通って見える。 

 せつないくらい可憐に咲いている。
 
 僕は、花の中に遠い面影を見た。
 
 胸の奥が締め付けられるように感じた。

 僕と彼女と出会ったのは、こんな空と風の中だった。
 
 僕は専門学校の学生で、彼女の通う女子校は、僕がバイクで通学してい

 る道沿いにあった。

 彼女は、目がくりくりしていて、笑うと頬や口元にえくぼができた。

 僕はそのえくぼを見るたびに、心が安らぐのを感じた。

 僕は得意でもないジョークをよく言っていた。

 週末になると、映画を見に行ったり、
 
 喫茶店でおしゃべりを楽しんだりした。

 面白いテレビの話やら取り留めのない話題がほとんどだった。

 でも、飽きることはなかった。

 僕は、学校の授業を終わると、デート代を稼ぐためにラーメン屋で
 
アルバイトをしていた。

 立ち仕事で足が疲れたが、それよりも週末の彼女とのデートを楽し
 
みだった。

 バイクのハンドルを握る手が冷たくなる時だった。

 彼女の学校の前を通ると、彼女が待っていた。

 紙袋を手渡してくれた。 中には、手編みの手袋が入っていた。

 指に狸のシッポみたいなシマシマがあった。

 クリスマスには、手編みのセーターを編んで、プレゼントし
 
てくれた。

 そういえば、彼女は父親がセーターの上に味噌汁をこぼしたと言って、

 公衆電話の中で泣きじゃくっていたことがあった。

 真っ白で ゴツゴツ していて 着てみると少し大きかった。

 彼女の気持ちがうれしかった。

付き合いはじめて一ヶ月ほどして、彼女の家に初めて行った。
  
 僕は、煮魚の食事をご馳走になったり、

 一緒にカセットテープレコーダーから流れる歌を聞いたり、

 彼女の枕で昼寝をしたり、彼女の弟とオセロゲームをしたり、
 
おしゃべりをしたりした。

 帰り道、彼女は近くの駅まで送ってくれるというので、一緒に

 近くの駅まで、歩いていった。

 「ありがとう、ここでいいから」 

 僕は、言った。

 「次の駅までいきたい」 

 彼女はいう。

 その駅は、彼女が通学で使う駅でもあり

 僕たちは、その駅につながる川辺の道をよく散歩していた

 そして、お互いの夢を語りあったりしていた。 
 
 駅のホームから改札口を出て、バイクが待っている駐車場へ行こう
 
としたとき、彼女は、突然向きを変え、僕の手を引いて駅横の路地
 
裏へ歩いていった。

 誰もいなかった。

 ただ、その先の土手にコスモスが咲いていた。

 僕は黙って、彼女の眼を見た。

 彼女は、思いつめたような瞳をしていた。

 そして、眼ををとじた。
 

 僕は、こんな幸せが、ずっと続くと思っていた。

 今思うと、馬鹿らしいほど純粋だった。
 
 ある日、いつものように駅に向かう川べりを

 二人で歩いていた。

 僕の肘には、彼女の胸が柔らかく触れた。

 突然、彼女の顔が青くこわばるのを見た。

 「どうしたの?」 

 僕は不安になり彼女に聞いた。

 「お父さん....」 

 今まで聴いたことのない彼女の音色だった。

 「えっ...」

 僕は、前から同じ道をゆっくり歩いてくる人を見た。

やがて、僕は、彼の力に圧倒された。

 僕はあまりにも若く、非力だった

呆然と立ち尽くす僕の横で、彼女は泣きながら言った

 「お願い、気にしないで..」と

 やがて 彼女は、父親と一緒に駅の改札口から、駅のホームに消えて行った。

 僕の恋は突然、終わりを告げた。

 路地裏の土手では、桜が花びらを散らしていた。


散文(批評随筆小説等) コスモス Copyright keiji 2006-10-02 00:08:52
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