今は昔、をとこありけり。
片田舎に住みければ、いとあやしき箱にて文を交じらふ。
箱の中に、あまた集ふ詩歌の会ありて、よき歌には人々
より数を賜る。
思ひ起こして歌をばと箱の中に投げ打つも賜ず、詞だに
なかりければ、流れ早く失せにけり。
うちひそみてえ歌はじと思ひつるも、歌を愛づ心ありけむ、
とどまらず歌も涙も流るるも
歌の心を箱にとどめむ
と詠みければ、心をさまりけり。
昔人は、かくいちはやき雅をなむしける。
(現代語訳)
今では昔の話になっしまったが、男がいました。
田舎に住んでいたので、とても不思議な箱(パソコン)
を使って文をやりとりしていました。
箱(パソコン)の中に、多くの人が集まる詩歌の会があり、
良い歌には人々から数(ポイント)をいただけました。
(男は)思い立って「(自分も)歌を」と箱(パソコン)
の中に投げ入れたけれども、数(ポイント)はもらえず、
詞(コメント)さえもなく、(箱の中の歌の数の)流れ
が速く、(男が投げた歌は)なくなっていきました。
(男は)泣きそうな顔で「歌は作るまい」と思うものの、
歌を愛する心があったのだろうか、
止まることなく歌も涙も流れていくけれど、
歌の心を箱の中にとどまらせよう
と(歌を)詠んだところ、心が治まりました。
昔の人は、このように素早く風雅を楽しんだものでした。