アンコールの遺跡にて
狸亭

マジマジと目の無い目を剥いて来る
いくつもの腕の無い腕が迫る

からみつき離れぬ脚の無い脚
ほころびた布切れ身に纏い裸足

クメールの微笑みいっぱい湛え
絵葉書 ショール 竹細工 切り絵

三歳の童女から翁まで
誰も彼もが同じような顔で

ニホン語で叫ぶ 一ドル 一ドル
ヤスイヨ ヤスイヨ 二つで一ドル

富める国からやって来たゲストら
群をなすクメールの末裔から

逃れる術無く気弱なスマイル
二十歳以下が半ばを占める

言わば若者の多い国なのだが
あと半分のひとびとは病臥

同然 働き盛りは世を去り
不具者ばかりが目立つこの辺り

千年前の栄華の夢の址
大クメール朝 遺跡のアート

巨大寺院の背後の森から
白光が広がり始め シラジラ

千年目の 九十九年
ああ 感動の初日の祝宴

生きてあることの歓喜搾り出し
見えない目 腕の無い腕 脚の無い脚

黄色い顔 白い顔 褐色
今集い来る遠来の過客

売り子らもガイドも観光団も
同時代に息をする誰も彼も

迎えた元旦 良き年であれと
祈るのである 何処からか竪琴

身に沁みる昔の音色清らか
小高い丘から俯瞰する眼下

見渡す限り深い緑の森
歓喜の青空に漲る光

アジア大陸の奥深く潜む
アンコールワット アンコールトム
バイヨン タプロームなどの遺跡群

ヒンズーと仏教との混淆
血塗られた歴史 リンガの咆哮

遠いひとびとの叫び声 呻き
それらを押し潰し繁茂する老い木

崩れかけた城壁に跨り
抱え込み犯す巨木の生理

シバ神の顔も仏像の顔も
罅割れてその亀裂の隙間にも

ビッシリと忍び込み 絡みついて
地下深く水を求めて延びる手

不老長寿 天然の命
凄まじい生命力の大痴。

19990119


自由詩 アンコールの遺跡にて Copyright 狸亭 2004-03-12 20:24:46
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