詩をほわほわ投稿する理由について(diary)
とうどうせいら

ネットはたまに嫌なこともあるけど、
自分の知らないいいことを顕在化してくれる。

ネットは匿名で悪口を言えたりするけど、
普段言いにくいことをいつもより気軽に言えたりする。

いい感じの言葉を、最近ちょこちょこもらって、
栄養もらってるなあと思う。

突然自分の掲示板に、短大生の女の子で、
わたしの詩のファンだと言ってくれる子から、

せいらさん すてき

って一行残ってたりする。

詩のサイトの方で、悩んでて活動休止した時、
読まれるかわからないようなそっとした形で、

せいらさんの詩がもう読めないのは悲しいです
もしよかったら自分のサイトに来て下さい

といって自分のサイトのアドレスを添えて私信が来てたりする。

ミクシィに、ふるさとについての詩(散文)を載せたら、

泣きました

といって、自分のふるさとについて、
いろいろ綴られたメッセージをもらったりする。


最近、深い、温かい、
メールやコメントをもらう機会があって、感謝してる。

わたしも、シャイなので、わたしを好きな人も、
わたし以上にシャイな人が多くて、
匿名でずーっと作品の感想を下さる方がいらしたりする。
なんでかわからないです、作風なんかもしれません。

なんでそんな星回りなのかわからないけど、
そういうコメントが来る日は大概静かに落ち込んでいる。
だから救われる。ほっとする。

そういう人達とコミュニケートできる日は、
どんな賞をもらうよりも嬉しい。

もしかしたらすこし、実際のわたしよりも、
ネットの方がよく見えているのかなとも思う。
いつも困惑する。
でも、せっかくなのでその想像をあんまり壊したくないし、
やせ我慢でもそういう人になろうって思ってがんばったら実際になるかもしんない。

って思って書いてる。

あなたはもっと強くて優しい人にきっとなれます

って読者の人からメールもらって、
ふつうこんな内容のメールもらうこと自体、
珍しいとは思うんだけど、
その人は数年間思い出したようにふとくれて、
慣れているから、元気をもらう。

ほんのたまにしか作品発表しないわたしのとこに、
ずっとずっと来てくれる人がいる。

ほんと感謝してる。

どうやって返したらいいかいつも考える。

そういう人と会えるから投稿続けられるんだと思う。
わたしはほんとは弱い人間なので、
詩を公開するのもちょっと怖い。

でもすぐに反応が返ってこなくても、
自分は守られてるって思うから、不特定多数の前にも、
文章を出せる。

自分の書き物をひとが「詩」にしてくれた。
その人達がこれは「詩」だって言ってくれたから、
活動できるんだって思う。
いなかったら、今ごろやめてたかもしれないし、
続けてても、書いてすぐゴミ箱に捨ててたかもしんない。
今も時々、
自分の文章を一括消去したくなる衝動に定期的にかられる。

実際詩作品以外の文章はすぐ消す(特に掲示板)から、
他の人に怒られたりする。
たまに自分が何を残したのか、わからなくなる。
去年から、試みとして、
ミクシィの日記はつとめて残すようにしてるけど……。
(違う行動をしてみることで見えるものがあるのではないかと)

なんかそういう頼りのないふわふわしたものにのっかって、
初めてものを人に見せられる。

甘いのかもしれないけど、でもラッキーだったと思う。

そういう人と知り合えたのを誇りに思う。よかったと思う。

自分は自分の詩を読んだり書いたりすることでは本質的には癒されないけど、
そういうことですこし心が安らぐ。
だからお返しにできるだけ長く創作を続けたい。
名作は、書けなくてもいいので、生活の一部のように、
とにかく細く長く続けたい。

その人達が一度わたしを離れても、
また読みたいと思ったらどこかでみつけられるように、
いろんなとこで投稿をしている。

よく投稿をしていると、がんばってるねとか、
賞たくさんとってるねとか、向上心があるんだねとか、
言われるけど、ほんとはそれだけ。

たったそれだけ。でもそれがぜんぶ。


散文(批評随筆小説等) 詩をほわほわ投稿する理由について(diary) Copyright とうどうせいら 2006-09-19 18:21:29
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