駒ヶ根 
服部 剛

早朝 
浴衣ゆかたのまま民宿の玄関を出ると 
前方に鳥居があった
両脇の墓群の間に敷かれた石畳の道を歩き 
賽銭箱に小銭を投げて手を合わす 

高い木々の葉が茂る境内を抜けると 
前方に広がる一面の田の間を 
なだらかに上る畦道あぜみちは 
アルプスのふもとへと伸びていた 

収穫を待つ全ての黄色い稲穂は
こうべを丸く垂らしていた 

歩き始めると 
浴衣のはだけた胸に、風が涼しい 

道の傍らの清流の音に
かかとを浮かべて 
あの、遠い坂道の曲がり角から続く 
そのまた先へ 

朝顔の花びらは、明け方の空色 
中心に、光る月を浮かべていた 

枯れはじめた向日葵ひまわりうつむいて
足元に咲く白い野菊に、まなざしをそそいでいた

赤や紫のコスモス達は 
昨日伊那路を走る列車の中ではしゃいでいた
前髪を切り揃えた娘達のようにゆれていた

木に停まり、朝を告げていた鳥が羽ばたく音 
田んぼの中から聞こえる蟋蟀こおろぎの唄 
坂道の上にある農家の庭から聞こえる犬の遠吠え 

影に覆われていたアルプスの頂に、日が射し始めた 

畦道の十字路に立ち止まり、振り返る 

歩いて来た、一面の田の彼方にも
霧に覆われた幽遠の山々は連なり
朝日を隠す雲の下から光の柱が降りていた 

彼方の山々に囲まれて
広がる田の中心に立つ
新たなる「今日という日」

世界は、旅人に与えられていた









自由詩 駒ヶ根  Copyright 服部 剛 2006-09-05 01:38:27
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