文明の彼岸にて
スリーピィ・タロウ

「…による死者は既に300人を超えており、なお180人以上の行方不明者が残されています。この事件がロシア国民に与えた衝撃は計り知れず、プーチン政権への打撃も大きいのではないか、と懸念されています。次のニュースです。今日東京で、今年秋冬の新作を集めたファッションショーが…」
 


空調の効いた電波の城で
アナウンサーが何事も無く話題を変える頃、
賽の河原では子供たちが石を積むのだ

右隣には左手が吹き飛ばされたままのイラク人のこども
前方には同級生に射殺されたアメリカ人のこども
同級生に切られた首が繋がっていない
日本人のこども
民兵の弾よけにされ蜂の巣になった
シエラレオネ人のこども
その奥にはさらに
ボスニア人アフガン人ベトナム人ポーランド人スペースノイド
そこかしこに散らばっては集まっては
新入りのロシアの子供たちも重苦しい目を不安げに瞬きながら
慣れない正座に足を痛めつつ


「一つ積んでは父のため
 二つ積んでは母のため」


銃弾の跡で
戦車の轍で
金貨を石油を掘るため穿った穴で
ボロボロに傷ついた小さな小さな石を、
一つずつ一つずつ、
おぼつかない手つきでゆっくりと積み上げる。

昼も夜もなく眠りもなく涙を流すことも許されぬまま
ひたすらに積み上げた石積みが
やがて塔になり城になり街になり、
生き残った大人達はその中に住み
毎朝8時に仕事に出かけ、
新しい子供を産む

「2円で救える命があります」
というのなら
私が今トマトと8種の野菜ジュースを買う
この100円は本来50人の命を救うはずだったもの
すなわち50人の子供を
犠牲にしてぶちころして買った
トマトと8種の野菜ジュースは
やはりというか
血の味などまるでしない、
この素晴らしき無自覚さよ!
飛行機のチケットなど買おうものならジェノサイドだ!

そしてああ、ボディチェックを潜りぬけた
自称神の御遣いが操縦席にかけて行く

知ったことかと背を向けて
私がジャパニメーションなど見る傍らで、
あまりにも沢山の子供たちが積みすぎて石は
もはや巨大なツインタワーとなって
川辺にそそり立ち、そこに巨大なスペースコロニーが
真っ赤に燃えながら落ちて行く。
ターバンを巻いたザクが見える。


「我々は3年間待った!もはや我がアルカイダには躊躇いの吐息を漏らす戦士はおらぬ。今、真のムスリムの熱き血潮を我が血として、ここに私は改めて、アメリカ合衆国及び西洋先進諸国に、ジハードを宣告するものである!アッラー・アクバール!」(※)


三途の川は子供たちの血で染まっている。
突然現れた鬼達テロリスト達によって
石積みは粉々に爆破され、
そこからクレジットカード1枚を手に這い出した
大人達は怒りにかられて戦争の準備を始める。

子供たちは何も言わず、ただ両隣と悲しそうな目を見合わせる。
新しい子達のために、またスペースを空けなきゃならない。

死んだ子供の数だけ積まれる石は増え、
都市になり、
血まみれの河で発電したエネルギーで明かりを灯し、
その石の塔の中で今日も私はジャパニメーションなど見る。




 
死んだ子供たちによって積み上げられた文明と言う石の塔の中で。


自由詩 文明の彼岸にて Copyright スリーピィ・タロウ 2006-09-04 22:48:35
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