(d)
ふるる

その墓には同じ苗字を持つ男女の名が記されていたどちらもJr.でありきっと兄妹だったのだろう二人は同じ日に死んで同じ墓に入ったのだからずっと一緒に長く暮らしたのだろう、しかし奇妙なことに父親と母親の名はない。画家はしばらく立ち止まり墓を見つめていたがもはや死んだ者には用はないのだと言うようにカンバスを広げた、墓の絵を描こうと思った。赤を基調とした大きな絵を。しかし描きすすめるうちに白ばかり塗りたくっていることに気づいた。白は死者の色なので画家は好んでそれを使わないのにその白は確信を持ってカンバスに広がってゆくよく見ると鳥の形に見えなくもない。鳥は好んで描いていたものなので画家は筆に任せて鳥を描き続けた、赤い墓はどこにも見当たらない。
夢中で描き続ける画家に日差しはますます厳しく照りつけるのだったまるで白しか見えない世界のようにカンバスも白く白く白く塗りこめられていく、ようやく彼が筆を置いたとき時間はそれほど過ぎてはいなかった。どこかよその世界で描いてきたように時間は進んでいなかった、影も伸びていなかった。その絵は奇妙な鳥がもがいているような絵だった。人の目をした鳥の左の翼は取れかかり、右の翼はひどく小さく、前の翼はだらりと垂れ下がり、後ろの翼は刺さっていた、ぜいぜいと肩で息をしている硬いダイヤモンドのような鳥だった。画家はその白い白い画面に「Red」と文字を入れた。Rの字は赤く。彼は赤を好んでいた。「どうしてあの文字だけが赤いのにいさん。」「あの鳥は俺たちだ。罪にさいなまれる」声が聞こえた気がして画家は振り返ったが炎天下の墓場に誰の影も認めようがない。


未詩・独白 (d) Copyright ふるる 2006-08-20 23:49:57
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Red