マーキング
大村 浩一

うふふふふ。
いいもんだ。
もう引き返さなくて良いのは。


良かったじゃないか。
僕なんかの思い通りに
ならなくって。


すべてうっちゃらかして、ぶらぶら。
ご近所の真っ昼間のベンチへ。
座ったら靴脱いで、
素足を放り出す。


本を片付けてきた。実家の部屋の。
教科書をすっかり棚から降ろした。
電検3種とかもう取る暇は無いから。
代わりにまだ手放せない詩集や小説を並べた。
教科書は一山千円で古本屋へ売っ払った。
そのお金で山田うどんで天ぷら蕎麦を食べた。


昔のアパートを見に行った。
中野中央病院の東並びあたり。
家賃2万1千円で6年間、僕の救命ボート役を果たした
黒ずんだ小さな木造アパートは、
屋根に苦心して立てたTVアンテナごと、
アーバンなんとか言う無理矢理3階建ての
ワンルームマンションに建て変わっていた。
つい一年ほど前だとか。


乗ってきて沈んでしまったボート。
再開発で埋められてしまった線路。
耐震性不良で建て替えられた学校。

新しい偽大理石に覆われていく街で、
来た道が消え失せてしまうほど
生きのびたんだ。
只の勤め人の、
この僕が。


なんだか熱い感じがする。
ベンチに足を放り出して。
うふふふふ。


いいもんだ。
いい気分だ。
もう引き返さなくて良いのは。

痺れる夏の太陽が来る。



初稿 2006/08/12 白井明大ワークショップ『黄いろの日』
改稿 2006/08/17


自由詩 マーキング Copyright 大村 浩一 2006-08-17 09:02:28
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