Mさん
大覚アキラ

ペットボトルの中の液体が
あなたの喉に落ちてゆく様子を眺めながら
みんないつか死ぬのだ
ということをあらためて確認する

悲しみよりも大切なのは
明日の朝食べるパンで

切なさよりも大切なのは
一昨日の昼に拾った一万円札で

絶望よりも大切なのは
明後日発売されるあのCDで

虚しさよりも大切なのは
いま喉を潤してくれる水だ

そういう大切なものを
ひとつづつ摘み取っていくようにして
生きているのだ
なんて考えていると携帯電話が鳴る

以前の勤め先の上司が
妙に芝居がかった声でいうには
Mさんが自殺したということらしい

Mさんはずいぶん前から心を病んでいて
会社も休みがちだったそうだ

Mさんとはさほど親しくはなかったので
これといって思い出のようなものはないのだが
ただ一つ思い出すのは
おにぎりの話だ

Mさんは結婚して奥さんと暮らしていたが
奥さんの握るおにぎりが食べられない
といっていた
自分のお母さんが握ったおにぎりでないと
食べられないのだそうだ

Mさんにとって
奥さんの握ったおにぎりよりも
お母さんの握ったおにぎりのほうが
大切だったのだろうか

いや
たぶんそういうことではないのだろう


自由詩 Mさん Copyright 大覚アキラ 2006-08-16 11:52:46
notebook Home 戻る