Mさん
大覚アキラ
ペットボトルの中の液体が
あなたの喉に落ちてゆく様子を眺めながら
みんないつか死ぬのだ
ということをあらためて確認する
悲しみよりも大切なのは
明日の朝食べるパンで
切なさよりも大切なのは
一昨日の昼に拾った一万円札で
絶望よりも大切なのは
明後日発売されるあのCDで
虚しさよりも大切なのは
いま喉を潤してくれる水だ
そういう大切なものを
ひとつづつ摘み取っていくようにして
生きているのだ
なんて考えていると携帯電話が鳴る
以前の勤め先の上司が
妙に芝居がかった声でいうには
Mさんが自殺したということらしい
Mさんはずいぶん前から心を病んでいて
会社も休みがちだったそうだ
Mさんとはさほど親しくはなかったので
これといって思い出のようなものはないのだが
ただ一つ思い出すのは
おにぎりの話だ
Mさんは結婚して奥さんと暮らしていたが
奥さんの握るおにぎりが食べられない
といっていた
自分のお母さんが握ったおにぎりでないと
食べられないのだそうだ
Mさんにとって
奥さんの握ったおにぎりよりも
お母さんの握ったおにぎりのほうが
大切だったのだろうか
いや
たぶんそういうことではないのだろう