誕生日
ゼッケン

しばしば吐き気に襲われるようになり
それが続くので病院に行った
医者は つわりですな と言った
しかし、おれは男ですがと言うと
医者は しかし、妊娠してますな と言った
最近、腹が出てきたのは中年太りのせいだと思ってました
いえ、それはたしかに中年太りです
どういうことですか?
こういうことです
医者はおれの頭部を超音波でスキャンした
やはり。脳が妊娠してますな
脳の中心にちいさな丸い影が見えた
男には子宮がありませんからな
なにかを生み出すとしたら、脳しかありません
なおもおれは心当たりがないと主張した
すると医者は かの聖母も心当たりはなかったでしょうな と答えた

安定期に入り、吐き気はおさまったものの
代わりに胎児の心音が頭の中で響くようになり
それはおれの安眠を妨げ、思考の集中を奪った
おれは四六時中いらいらしていて
友人たちはおれを腫れ物に触るように扱った
映画も芝居も音楽も
頭脳の雑音にまみれて楽しめるものではなくなり
おれはどこにも出かけずに部屋で女とセックスしかしなくなった
飽きた女が部屋に来なくなるとオナニーばかりした

おれは死なねばならなかった
現在の医療技術では
いまはおれの脳としても働いている胎児を帝王切開 
により取り出した後に
代わりに詰める新しい脳を用意できないからだ

それからおれは手首を切った
死にたくなったわけではなく
自分が生きていることを確かめてみただけだった
痛みは分かりやすかった
たいへんによろしかった
腕や胸や足の傷に気づいた友人がおれを病院に入れてしまった

臨月を迎えたおれは病院の清潔な部屋で安らかに過ごしていた
胎児の鼓動はおれの神経をすっかり乗っ取ってしまった
メソポタミアの遺跡の冷たい石の床に耳を当ててすませば
同一の存在による呼びかけがはるか地底よりいまも聞こえてくるだろう
ときどき、おれの眼球は内側から蹴られてポコンと飛び出した
看護婦はやさしくおれの眼を押し戻すと、おれの頬を伝う涙を丁寧にぬぐってくれた
おとなしくなったおれの周囲には友人たちが昔のように集まってきた
女はおれにキスをした
みんな、ありがとう
生まれてきたのが男の子だったらモてるように仕込んでやってくれ
女の子だったら何度も泣かずにすむように叱ってやってくれ
おれはもうすぐだ

おれの脳が外気に触れ、産声を上げる
産声はおれの口からも上がった
おれは必死に泣いた
延髄につながったへその緒が切られた


自由詩 誕生日 Copyright ゼッケン 2006-08-16 07:45:48
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