夜間飛行
恋月 ぴの

「あら、どうしても扉が開かないわ」
これまで幾度となく国際線を利用してきたが
経験したことの無い強い衝撃に突然見舞われた
それは、俺に跨っていたCAにしても同様らしく
膝下までずり下げた下着を直そうともせず
必死の形相でトイレの扉と格闘している
ただでさえ狭いジェット機のトイレの中にふたり
二度三度と繰返す衝撃に体を壁のあちこちにぶつけて
いったいトイレの外はどうなっているのだろう
CAとダークスーツを着た男が狭いトイレの中
しかもCAの白桃のような下半身は露わなままで
間抜けすぎて誰にも見せられたものじゃない
散々躊躇はしたものの俺はついに手を伸ばした
エマージェンシーコールの赤いボタン
「おいおまえ、他のCA達は何してんだよ」
トイレの外からは物音ひとつ聞こえてはこない
CAのくせしてトイレの扉ひとつ開けられないのか
幸いにして非常灯は点灯しているものの
機体の動きは糸が切れた凧のように感じてならない
どうやら大きく揺れながら急降下しているようだ
「まさか、ダッチロール?」
見知らぬ男と用を足すような淫乱CAと一緒に
トイレに閉じ込められたまま俺は死んでしまうのか
遺書のひとつでも書こうにも手帳はアタッシュの中だ
こんなときひとはどうするのだろうか
ただひたすらと神に祈り許しを請うのか
呆然と何もせず総てが終わる瞬間を待つのか
それとも目の前の白桃を味わい尽くすべきなのか
どうやらCAも同じことを考えていたらしく
扉との無駄な格闘を諦めて再び俺に跨ってきた
「こんなときでもちゃんと出来るもんだな」
俺は狂った白桃を強く掴みながら独りごちる
死の瞬間まで生を繋ごうともがき続けて
これが死だと実感すること無く死に至るようだ
腕時計の差す時間が正しいのなら機体は駿河湾上空のはず
俺は何年か前の今日の日に起きた大惨事を思い出した
そうか同じ日の同じ時間、同じ場所ってやつなのか
どうやら、あの時のあの山が俺達を呼んでいるらしい
漆黒に聳え立つあの山へ旋回していくのを感じる
喘ぎながら激しくなるCAの動きに合わせ
俺の耳に届き始めるのは、あの山からのあの歌声



自由詩 夜間飛行 Copyright 恋月 ぴの 2006-07-31 07:22:25
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