名前の無い街
服部 剛
私達は知らない
戦時中にかけがえの無い妻子や友を残して
死んで行った兵士の
爆撃で全身が焼け焦げてしまった少女の
青空を引き裂く悲鳴を
( 昔話の地獄絵巻は深い地底に葬られ
( 二十一世紀の地上に敷かれた線路の上を
( 列車は今日も私達を乗せ
( 単調な輪音は加速する
( ヘッドフォンで耳を塞いで首を振る学生
( 手鏡を覗いて口紅を塗る女
( 寝ぼけ眼で携帯電話の画面を見つめる企業戦士
車掌のいない列車は
行く当ての無い乗客を乗せ
遠い地の果ての無人駅へと
長いトンネルの暗闇を貫いて
輪音は加速する
*
駅構内の二階通路に立ち止まり
ガラスの壁から
人々がすれ違うスクランブル交差点を眺める
ビルの上空に昇る太陽を反射して
誰かが落としていった涙の水晶が
無数の足の隙間に光った
( 無数の足音が響くアスファルトの下
( 戦時中に途切れた亡き者達の余生は
( 時間を止められたまま埋もれている
駅構内の二階通路に力無く立つ僕は
来る当ての無い人を待っている
日々無数の足に踏み固められるアスファルトの
下に埋もれた声に耳を澄まし
仮想の時代を掘り起こす 幻の人 を