名前の無い街 
服部 剛

私達は知らない 
戦時中にかけがえの無い妻子や友を残して 
死んで行った兵士の 
爆撃で全身が焼け焦げてしまった少女の 
青空を引き裂く悲鳴を 

( 昔話の地獄絵巻は深い地底に葬られ 
( 二十一世紀の地上に敷かれた線路の上を 
( 列車は今日も私達を乗せ 
( 単調な輪音は加速する 

( ヘッドフォンで耳を塞いで首を振る学生 
( 手鏡を覗いて口紅を塗る女 
( 寝ぼけ眼で携帯電話の画面を見つめる企業戦士 

車掌のいない列車は
行く当ての無い乗客を乗せ
遠い地の果ての無人駅へと 
長いトンネルの暗闇をつらぬいて
輪音は加速する 

  * 

駅構内の二階通路に立ち止まり 
ガラスの壁から
人々がすれ違うスクランブル交差点を眺める 

ビルの上空に昇る太陽を反射して 
誰かが落としていった涙の水晶が
無数の足の隙間に光った  

( 無数の足音が響くアスファルトの下 
( 戦時中に途切れた亡き者達の余生は
( 時間を止められたまま埋もれている  

駅構内の二階通路に力無く立つ僕は 
来る当ての無い人を待っている 

日々無数の足に踏み固められるアスファルトの
下に埋もれた声に耳を澄まし
仮想の時代を掘り起こす 幻の人 を 





自由詩 名前の無い街  Copyright 服部 剛 2006-07-24 02:00:52
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