うろたへる詩人
三州生桑

ショッピングセンターの中にある映画館の前でぼんやりしてたら、女の子から微笑みかけられた。
「こんにちはあ」
はい、こんにちは。
やたらと体をクネクネさせる娘だ。
髪は、ほぼ金髪、派手なウェーブ。
すごいマスカラだなあ。まつ毛の先に、ダマになって固まってるよ。
何歳ぐらゐだらう? 女性の年齢は、よく分からない。
もう夏休みになったのか知ら。だとしたら高校生といふこともあり得る。女子高生は鬼門だ。

「ウミザルの人みたいですねえ」
ウミザル? ああ、「海猿」のことか。
私は、あの映画を、つい最近までコメディ映画だと思ってゐた。
ちなみに、「下妻物語」を「シタヅマモノガタリ」と読み、二階の男が一階の奥さんと不倫する話しなのかと思ってゐた。

ここ数年、ウエイトトレーニングとジョギングは欠かさない。
夏になるとプールに通ふから、今は真っ黒に日焼けしてゐる。
今日のやうにタイトジーンズをはき、タンクトップを着て街を歩くと、女性の視線を往々にして感じる。
そしてゲイの視線も・・・。
見た目は売れないホストかも知れないが、私は詩人だ。
私は、本を読む女性が好き、私の詩を理解してくれる知的な人が好きだ。
この女の子は可愛いけれど、好みのタイプとは懸け離れてゐる。
デートしても、全く話しが噛み合はないだらう。
「今、白鯨を読んでるんです」
「吐くゲエ?」
「・・・」
そりゃあ、人を見かけで判断しちゃいけないけれど。

「何してるんですかあ? 誰かと待ち合はせですかあ?」
指先をひらひらさせてゐる。ネイルアートを見て欲しいらしい。
彼女の服はショッキングピンクの・・・、その前掛けみたいなのは何といふのだ?
「それ、何ていふの? キャミソール?」
「アハハ、違ひますよう、ホルターネックです」
胸を強調してゐる。自慢なのだらう。
膝丈までの白いパンツに、黒のエナメルのサンダル。
サンダルには、大きなゴールドのひまはりが咲いてゐて、当然のやうに爪にはペディキュアが施してある。
これが【エロ可愛い】といふやつか。そんな言葉は、日本語として認めないぞ!

「彼女と待ち合はせですかあ?」
「うん、まあ、さう」
ぼんやりしてゐただけです。
「ふーん」
上目づかひで私を見ながら、含み笑ひをしてゐる。
嘘だとばれたかな。
「どんな人ですかあ?」
からかはれてゐるのだらうか。
「見てみたいなあ。私も待ってよっかな。すっぽかされたりしてえ」
うふふ、と笑って、彼女はクネクネする。
両手を後ろに組んで、胸を突き出し、私の顔をのぞきこむ。
そして詩人はうろたへる。


さて、私はこの後どうしたでせうか?

A 恋人にすっぽかされたことにして、彼女とデート
B 正直に、タイプではないことを告げる
C 詩人であることを告白して詩論を展開
D その場で失神してみる
E モルモン教徒になりすまして布教
F 「トイレどこだっけ?」と言って、そのまま逃げる

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未詩・独白 うろたへる詩人 Copyright 三州生桑 2006-07-20 18:44:30
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