夏風の子
佐野権太

初夏の雫を集めた、里芋の
透明な葉脈の裏側で
夏風の子が
小さな産声をあげる
まだ、うまく飛べない

棚田のあぜに沿って
緩やかな曲線を描くと
早苗に浮かぶ蛙が
水かきを広げたまま
ぬらりと見あげる

砂利の坂道を転がって
ふもとの辻までくると
道祖神の前で
ひゅるひゅると
挨拶を忘れない

傍らの向日葵は、濃い緑を広げ
僅かに開いた蕾から
青い呼気を放つ
夏風の子が、そっと口づけて
ぷぅーと膨らませば
太陽の種たちが
夢のなかでコロコロ笑う

雨雲が太陽を隠すと
威勢のよい若い風たちが
びょーびょーと大地を渡っていく
雲を押しにいくのだという
時をおかず
夕立のシャワーが降り注ぐ

丸刈りの少年が
はしゃぎながら駆けていく
その速さ
夏風の子は
追いかけて、追いかけて
ぐんぐん加速していく
少年の白いシャツの背をくぐり
胸を大きく膨らませる頃
空はみごとにひらかれ
日輪が力を取り戻す

ちぎれ雲が
流れながら染まってゆく
夏風の子を肩に乗せた少年の
真っすぐ見つめる
その向こう
空の溶けてゆく
その先に
紛れもなく
太い夏


自由詩 夏風の子 Copyright 佐野権太 2006-07-20 09:09:32
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