さよならの儀式
狩心

この家で始まった事はこの家で終わらせる

いっそのこと
この体  捨ててしまいたい
文字が恐い・・・彼らは殺そうとしている・・・
今までこの目は色彩だけを捉えてきた  色彩に形は無い
赤は一体どんな形をしている
青は一体どんな形をしているというのだ
グラデーションが好きだ  境界線が無いように連続している感じが

私たち夫婦は子供を授かる事が出来なかった
だから私たちは  あなたの子供になる事に徹した
そして  あなたと私たちと今を愛する事で 
家族として成り立たせた・・・
代々受け継がれてきた血族のグラデーションが
いつか途切れてしまう事を知っていても

壁に描かれた沢山の落書きと冷蔵庫に貼られたシールの群れ
子供達の遊び声が今にも聞こえてきそう
でも今日はギトギトの油まみれの部屋
大人の陰鬱なワインの香りが充満している

文字を描きたくない私は
今も妹役の妻に代筆してもらっている
私の口調・・・リズムまで
ちゃんと書かれているだろうか

黒い虫がいる  それもウジャウジャと沢山
母に渡すはずだった大量印刷された白い手紙は
グシャグシャに丸めて
足でメッタメタに踏み千切ってやったさ
どうだ

子供が蟻を潰す時の気持ちとは違う・・・

時間は一杯ある  ゆっくりでいいの
妻は落ち着いた口調でそう言い
緑色の珍しい和紙をさらりと出した
窓から流れ込んで来る風が心地良かった
緑は・・・  いいね  好きな色だ

四角い紙の形の中に緑色が封じ込められてしまい
広がりを失っている
苛立ちを感じ
緑のクレヨンを取り出して
緑色の和紙の一部分を塗り込む
また違った緑
色の広がりをそこから延長して行って
和紙の外の机にまで到達する
さらに歩みを進め部屋の外へと向かわせる

階段の上にあるバケツの中に
クレヨンを投げ入れ  ひっくり返す
大量の油にまみれた色彩たちが気だるそうに飛び出し
何色とも言い表せないようなおどろおどろしい液体が
階段を流れ落ちていく
割り切れない思いが溢れてくる
この色彩を絶やさない為にも  すぐさま机に戻る

この際  私にとって
手紙の内容などどうでも良い  それよりも
沢山の文字が書かれたその背景に  柔らかい毛が逆立ち
人の手による  均等ではない  まばらな美しい緑色が
自由に広がっているという事  そしてそれを
二つ折りにしてしまい・・・
その折り目にあなたが居たという事  その事実を記録する

貸して
私は妻の手から鉛筆を奪った
芯が折れるほど強く  ひん曲がった棒線を縦一直線に引いた
割れて飛び  零れ落ちた芯の破片を
右手で紙に刷り込んだ  紙が破れるほどに

母への手紙は出来た
妻は目前に現れた私の姿ではなく
その奥をじっと見つめていた
君の眼差しの中に色彩を感じた
君の眼差しは薄い紫色が段々と淡い橙色へと
グラデーションしていく優しさだった

語られていた

短い人生の中にある長い一時の中で
今にも朽ち果てそうな家と
それでもなお  家族を追い求める者と
そこで行われた儀式で

棺の中にそっと入れる

境界線の無い黄色が見える
つながっている
あなたが何処へ行こうとも
色彩は何処までも何処までも伸び  広がり
空を見上げても  大木に寄り添っても
空き缶を蹴り飛ばし  カランカランと音が響いても
途方に暮れて  公園のベンチで肩を落としても・・・

画家としてあなたを描きたかった
でも  とうとう  あなたを描く事は出来なかった
あなたは境界線のある体
痛々しく何度も何度も折り込まれて
体が色彩を失っていた

正午の太陽は気持ちがいい
今からあなたをそこへ送り届ける
棺の中に黄色いペンキを注ぎ込んでいく
棺から溢れ出ていく液体たち
それを燃やし  限りなく光に近付けていく
異臭が鼻を突き  倒れそうになる
炎は広がっていく  燃え盛る家
天に昇るグラデーションが見える

画家は辞める  これを最後に  


自由詩 さよならの儀式 Copyright 狩心 2006-07-18 02:55:30
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