1.難問(アポリア)
朽木 裕

どこからか聞こえるツィゴイネルワイゼン。
あれは胎児の夢だろうか。

喪失は永遠で、永遠は…
永遠は何て定義したらいいのだろう。

永遠とは、きっと何かを失うことだ。


「この世界はフェイクです」


君は静かにそう云う。
眩しげに細めた目を分かりやすく哀しみに染めて。


「それではキスを頂戴」


贋物の世界ならば愛しい君、
キスを頂戴。


「それは、無理な相談ですよ」


肩を竦めて、静かに笑う口元だけが生を感じさせる。
長めの黒い前髪が揺れて血だらけの右手が宙を舞う。

目の前の細い身体を抱き締めたら
少しは救われるのだろうか。

誰が?

彼が?私が?


誰も救われやしない。


血に染まった右手で彼は煙草を取ろうと試みる。
けれど白いシャツを汚すことを嫌ってか、右手はそうっと下ろされた。

一歩、二歩と彼に近付いて
私は彼に口付けた、深く深く。

彼のくちびるを解放していつもの問いを繰り出す。


「私の事、愛してる?」


「それは閉口してしまう程、難問ですね」


くちびるは、いつだってこんなにも温かいのに。
彼の心はいつだって泣いているのに。

私は冷えていく指先を感じる。

どうしたら彼を幸せに出来るのだろう。
永遠に哀しみのない場所へ閉じ込めてしまえるのだろう。

どこからか聞こえるツィゴイネルワイゼン。
胎児は静かに夢を見る。


散文(批評随筆小説等) 1.難問(アポリア) Copyright 朽木 裕 2006-07-17 17:13:18
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