ひいじいさん
土田

ひいじいさんあんたは確かにくたばった
あんたが何歳でなにが原因でどんなふうに死んだかなんて
おれは知らないし興味もないし知りたくもないけど
あんたの生きてたころの話しがこめつぶみたいに
じいさんとばあさんの口からときどきこぼれてくるんだ

大酒のみで
酔えば罵詈雑言の嵐で
家中が夏の沖縄を過ぎ去っていく台風みたいになって
婿養子のじいさん殴って蹴って首絞めて
じいさん耐えて耐えてねじ込まれて逃げたくなって
ねじ込まれすぎて頭おかしくなって
なにをねじ込まれたかは分からんけどねじ込まれて
終いにゃ鳥取にダムつくりに行っちまったらしい
博打好きで
打ったら打ったで負けっぱなしで
引き際なんてクソ食らえと
有り金ぜんぶ使い果たしても質屋なんてしゃれたもん
こんなど田舎にあるはずもなくて
米とか牛とか米とか米とかとか米
むりやりねじ込んで
股引きステテコまでもねじ込んで
なにをねじ込んだかは分からんけどねじ込んで
終いにゃひいばあさんもねじ込もうとしてたらしい
女たらしで
街にまででて
街つってもほんとスナック菓子のようなスナックが
一軒や二軒しかなくて
そこで毎日飲んではねじ込んで
くどく口なんて持ってなかったからねじ込むしかなくて
たまにねじ込みすぎて死にかけて
なにをねじ込みすぎたかは分からんけどねじ込みすぎて
終いにゃ縁日の出店で買った亀のショーズーみたいに
ひっくり返されてじたばた家まで帰ってきたらしい

あんたが墓にはいれたのは
じいさんの最後のあんたへの抵抗で
「野ざらしのまま犬にでも食わせて
その犬をおれがまた食ってやる」
なんてこと死に際言ったらしくて
灰も残らぬように三日三晩焼いたらしい
あんたが残したもんといや
額の分からんしみったれた借金と
村じゅうからのうらみつらみと
じいさんの後遺症だけだったらしい
じいさんあんたからもらった後遺症で
ちょっとでも自分が見下されてると思うと罵詈雑言の嵐
とまではいかんけど
春の北海道をそよぐそよ風みたいに
あんたの真似事をしてるよ
博打じゃないが毎年ドリームジャンボ買っては
三百円の山に苦笑いして
あんたにみせつけるように
おれに三千円分の三百円の当たりくじ全部くれたりする
あんたと違って女遊びなんかこれっぽちもしないが
まるでそんな煩悩ぶっとばしてやるていうくらいに
冬の長野のアルプスの山頂みたいな猛吹雪の日だろうと
土木工事の小金稼ぎにでて
それがなけりゃ裏山になめこ栽培らや何やら外にでて体を動かしてる
ダムで稼いだ年金があんのに
きっと何かしてないとあんたを思い出すんだろう
おれは中学に上がるまで
じいさんとばあさんの寝床でいっしょに寝てたけど
じいさんはいっつも夜な夜な歯軋りがうるさかった
歯食いしばってあんたが死ぬをずっと待ってたんだろうと思うと
おれ添い寝してやりたくなったよ
きっと今も夜な夜なきりきりやってるんだろう
あんたがいたあの家はじいさんにとって
生き地獄みたいなもんで
永遠にかえってこないのはあんたじゃなくて
むかしのじいさんだ

ほんとあんたはろくでもねえ人間だったらしい

ひいじいさんあんたになんか盆まで会えんから
たとえあんたがかえってきたとしても
あんたに何か言うことなんかないし
ただおれはおれのために
平成十八年七月十五日午前一時四十七分三十四秒
東京都江戸川区中葛西7-1-4トドリミー西葛西D-405号室の
五畳足らずのせま苦しい部屋のなか
ろくでもねえあんたみたいに
詩人になりたいなんていうろくでもねえ夢のため
ろくでもねえあんたをろくでもねえ真実と虚構ででっちあげた
そう簡単なことなんだ
あんたがくたばったことなんて
そう簡単なことなんだ
簡単なことのはずなのに
ねじ込んでも
ねじ込みすぎて
ただ秋の東京の木枯らしみたいに
さびしさだけが
午前二時にねじ込まれて
なあ、ひいじいさん
結局おれはあんたってひとを
どうでっちあげたかったのか
どうねじ込みたかったのか
分からんかったよ


自由詩 ひいじいさん Copyright 土田 2006-07-15 02:18:32
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