野球場へ行って泣こう
しゃしゃり
彼女ができたので、
野球場へ行って泣こうと思った。
電話は夜の十時だ。
俺はありったけのバンソウコウと、
傷薬を準備して、
ノートには一から十二までの手順で、
軟着陸について記してあった。
不時着できないヘリコプターが、
いかに民家をさけて、
犠牲者を出さずに墜落するかを、
サムライのように考えた。
しかしサムライジャパンとはよく言ったもんだ。
俺たちの誰がサムライだ。
誰もサムライなんかじゃない。
なりたくもない。
お腹を切ったら痛いよ。
田んぼを耕していたいよ。
俺は中学生の時から、
日本のプロ野球にはとっくに絶望していた。
だから、巨人戦の視聴率がどうなろうと、
まったくなんの同情の余地もない。
日本にプロ野球はない。
プロフェッショナルとしてのベースボールなど、
もともと存在しない。
ただ、読売巨人軍を祭り上げた、
一種の伝統芸能があっただけなのだ。
なのに、
子供の頃は、ゴムボールで空き地で野球をした、
俺たちは、
父さんとキャッチボールをするだけで嬉しかった、
俺たちは、
だから、どうでもいいのに、
なぜか、野球が今さら恋しい。
あの子が俺を好きだと言ってくれた。
俺はいま、義侠心にかられたサムライとなった。
野球を助けたい。
だから野球場へ行った。
自転車で十分のところにある、市民球場だ。
スタンドで俺は泣いた。
こんな俺に彼女ができた。
何度も死にかけたけれど、
生きていてよかった。
だから友よ、
きみも死ぬな。
野球をしよう。
俺を見ろ。
惨めで恥ずかしい人生を送ってきたが、
それでもめげずにこりずにやってきた。
そして、やっと、
俺のことを好きだという、
俺の好きなガールが現れた。
こんどいっしょに野球を見に行こうと思う。
もちろんプロ野球なんかじゃなく、
そのへんの草野球だ。
夢よ、
野球は美しい。
ローカルな玉遊びだが、
それは美しい。
あの子のように美しい。
明日俺は恋人と、
そう、恋人と、俺の恋人と、キャッチボールをしよう。
むかし父さんと、
夕焼けを背に遊んだように。