小詩集【くじらヶ丘にラベンダーの雨】
千波 一也

一、くじらヶ丘


 口に出してごらん
 うるおい、と
 その
 やわらかな響きは
 途方もなくひろい海の
 すみからすみまで
 満ち満ちてゆくようなものではない

 干からびてしまう言葉は
 いくらでもある


 もの知りなふくろうが鳴かないよるに
 海と陸とがむすばれ合う
 つまりは
 ふくろうとくじらとの
 ゆめが繋がるということ


 男はかつて女だった
 月はかつて太陽だった
 そんな
 確かめようのない語りに
 流されたくなってしまう
 よるをたびたび



 この足下にはくじらが眠る
 その足下にも
 向こうにも

 まさか、と
 わらってみるのも
 物思いにふけってみるのも
 それぞれに
 すてきないのちの不思議


 分かつことに
 良いもわるいもない
 たとえばそれは風のぬくもり
 適度につたわる
 うるおい、のような





二、ラベンダーの雨


 むらさきいろの約束は破られることなく
 野の一面に揺れる香りは
 けものの匂いに
 けがされない



 いろと香りがラベンダー

 あまりに無知な
 目と鼻の先で
 しずかに夏は終わりへ向かい
 かるい汗のしたたりに
 ハンカチが浅く溺れている


 あらゆる書物をほどいてみても
 はかないものの名前など
 一覧になってはいない

 いつ注ぐとも知れぬ雨に
 あらがうすべは傘

 太陽が味方であると信じれば
 群れなす手のひらには
 隙だけがただ明るい



 いろと香りがラベンダー

 誇り高いうるおいのなか
 まったく同等に誇り高い
 かわきの雨が
 透けてゆく


 風はきっとなにも知らない

 より分けず
 見破らず
 すべてを流す波となる

 きょうと
 あしたと
 その先に待つきのうへと





三、風のおわりに


 どんな無意味さが
 待ち受けているだろうかと
 指を折った数もとうに忘れて
 そんな迂闊さをおもいだした朝に
 隣人は発ってしまった
 なつかしい名前を
 書き置きに残し



 春はふところ
 広く深くと願いを提げて
 あらたな一歩の小さいことを
 やわらかに知り
 夢をかぞえる

 夏は唇
 次から次へと流れるうたは
 いざなうせせらぎ
 濡れゆくあそび

 秋は肩幅
 ふるい扉に合う鍵は
 夕刻のたびに錆びついて
 おのれの影の細さを見つける
 さびしく鋭く

 冬は指さき
 星座のなぞりに雪明かり
 厳しさの輪は
 やさしいまもり



 意味を与えることの一方通行に
 流れをうながすものが風

 産声は遙かに確かに



 まどろみの奥のまどろみに
 発つため或いは迎えのための
 さすらいに笑む

 きのうの火はきょうの水
 あすには火にかえる



 風のおわりに例外はなく

 風のおわりに例外はなく







自由詩 小詩集【くじらヶ丘にラベンダーの雨】 Copyright 千波 一也 2006-07-03 15:55:42縦
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