「 0 」
服部 剛
空白の空間に立つ彼の前には、
「0」の文字が浮かんでいた。
「0」に足を踏み入れ潜り抜けると、
そこは社会に出て間もない頃の職場で
七年前の彼が先輩達に囲まれ、
「右に行け」と言われれば右へと走り、
「左へ行け」と言われれば左へと走り、
皆の輪からはみ出したデクノボウの青年は
細身の背中に重たい闇を背負い、
口を結んだままの日々を歩き続けていた。
夕暮れ
青年は、独り寂しくベンチに腰掛け、
風に揺れる木々の葉唄を聞いていた。
七年前の青年の傍らに、
七年後の彼が腰掛ける。
( 大丈夫さ、君の知らない場所から
( 「誰かの瞳」が、君の姿を見ているよ。
( やがて吹く風は、
( 萎えていた君が花開く場所へ、
( 連れて行くだろう。
青年の耳に、七年後の彼の声は聞こえなかった。
職場の門に「0」の文字が浮かんでいる。
寂しく夕陽を見つめる青年を見つめながら、
彼は遠ざかり、振り返り、再び口を結ぶ。
「七年後の宿題」が待っている日々へ。
「0」を潜り抜ける。