水生のキオク
水無瀬 咲耶

時の羽ばたきが 瞼をかすめる

世界中どこを漂泊しても立ち位置が無い
空隙だらけの足もと 定まらない重心
目を閉じて大地に寝転ぶと
それがわかってくる

透明な午後 風は光り
丘は彼方へと幾千もの草の帆を翻す 
くるぶし くすぐる 翡翠の波
ぼくの輪郭は風に溶け やわらかな魚影と化し
眼下にはるばると開かれてゆく蒼い蒼い海のトビラへと
泳いでゆく衝動を 止めることさえ できなかった

争いや悲しみで暗くにごりゆくヒトの未来も
海藻のように揺られると 熱く透き通ってくる
光の網を幾重もくぐり
螺旋の紐が ほどかれると
ほの明るい水底で蠢く 源へと還ってゆく

古き太陽のいざない 
折り重なる水生の記憶を辿り
ふかくふかく 全てを慈しむ 
あの 大きな眼差しのなかへ
ぼくは 生まれ変わってゆく

青く潤むひとしずくを胸にかき抱いて

 


自由詩 水生のキオク Copyright 水無瀬 咲耶 2006-06-30 15:53:29
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