姫百合野
石瀬琳々

夏の野は風の恋歌マドリガル
花摘みの少女は一心に
草のまにまに漂っていた
白い花ひとつ挿頭かざしにして
赤い裳裾をしめらせながら
濃厚な夏の匂いがたちこめる
姫百合の花咲く野に
光は幾重にも交差をくり返し


少女は気付いていた
先程から少年がこちらを窺っているのを
林の中の少年は狩りの装い
けれど 切れ長の瞳は見つめている
白い指先が花をやさしく手折るのを
青い石の耳飾りがゆれるたび
胸の鼓動は早くなる


時はか細く怜悧な笛のよう
ふいに草を蹴散らし雄鹿が走り抜ける
少年は弓を引きしぼる
きりきりと狙いを定めながら
少女は突然の闖入者に驚いて
かかえていた花々をとり落とす
花は散り 草は散り 獣は啼きさけぶ


少女のかたわらをすり抜ける風
少年が大事にしていた鷹羽の矢は
赤い裳裾を射抜いて刺さる
獲物はとり逃がしたか
夜明けから追い続けた獲物は


夏の野は風の恋歌マドリガル
姫百合の花咲く野で
潤んだ瞳が少年をとらえる
ゆっくり近づいて来る凛々しい姿は
夢に見た荒ぶる神のよう
恋はまだ始まったばかりだ
この一瞬にも




※ここでの姫百合は「小さい百合」の意で使っています。


自由詩 姫百合野 Copyright 石瀬琳々 2006-06-30 15:05:53
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