プラネタリウム
蒸発王



正式な演劇用語なのか知らないが、
私の属している演劇集団では『プラネタリウム』という言葉がある。


『プラネタリウム』


劇中で一番事故が起こりやすいのが暗転中だ。
劇の始まりや、場面の切り替え、劇の終わりには必ずと言って良いほど、全ての照明を落として客席から沢山の役者が登場・退場するのを見せないようにする。
そして、この暗転というのは本当に真っ暗なのだ。
ただでさえ舞台裏は狭いし、はけ口はもちろん舞台上のどこに大道具小道具があるのかも見えない。慣れないうちは平衡感覚も失うほどの闇なのである。
そんな暗転の中で、役者は舞台裏からの出ハケをこなさなくてはいけない。

そこで、蓄光(チッコウ)というシールが必要になる。

チッコウは其の名の通り、光を貯めるシート、いわば蛍光シールである。
値段ははるのだが、少しの光をめいいっぱい貯め込んで光ってくれる。
このチッコウをもう舞台のいたるところに貼りまくる。ただし、チッコウシール自体が高いので細かく細かく細切れにした破片をちまちまちまちま張る。
ハケ口や舞台のへり(ここに張り忘れるとリアルに舞台から役者が落ちる)・大道具小道具・時には衣装にまで貼る。役者スタッフ総出で1時間くらいかけて貼り続けるのだ。

そしてチッコウを貼り終わった後に暗転すると、光を沢山すいこんだチッコウが暗闇でもわっと光る。

この風景を『プラネタリウム』と呼んでいる。


まるで満天の星をみるような、幾億もの蛍が飛び交うような、不思議な光景なのだ。


そしてそれを見ることができるのは、役者と着替えを手伝うために舞台裏に入る衣装さんだけ。


役者の私は、始まりの沈黙の中プラネタリウムに囲まれる。
ついに客入れが終わって本番オープニングの音響が入ると、何とも言えない気持ちになる。


役者だけに許される光景。
はけ口を出て舞台に出ればそこはもうシェイクスピアの世界がある。
その世界で『役』という人生を生きる。
タイムマシンに乗っているような感覚が身体中を震わせて、『私』を『誰か』に変化させていく。(コーデリア・フルート・マキューシオ・オフィーリア・・・・)


何故か
本当に何故か
感謝の気持ちを言いたくなる。



プラネタリウムを抜ければ
そこは夢の中へ


役者はもう一つの人生に足を踏み出す。


散文(批評随筆小説等) プラネタリウム Copyright 蒸発王 2006-06-29 00:15:36
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