そこにあるもの
プル式

大きな翼で空を舞う君に届けと祈った。
空は緑色に深くはてしなく深い。
まるで森の様に茂る空と雲が広がり
君のその手に握られた小さな命を奪わんとする。

君はもがきながらその翼を雲に絡め獲られ
その大きく広げた体は恐怖に打ち震え
まるで君自身がその手の小さな命の様に。
まるで世界をその目で初めて見るように。

翼の無くなった君は静かに地上に落ちた。
体中に傷をおいながらそれでもしっかりと
背中には大きな翼の痕を背負いながら勇敢に
その足を大きく踏みしめて地を掴みながら。

ある日君の元に懐かしい風が吹き
君はまるで昔の様に空を飛ぶ事を夢見る。

しかしその背にはもう翼は無くそれどころか
重たい荷を背負い軽く美しかったその四肢は
年老い無様に骨ばり醜く蹴り上げる力さえない。
心は石の様に重たく飛べる事など信じる事さえ出来ない。

君よ
君は一人ではないのだ。
君よ
君はすべてを受け入れたのだ。
君よ
何故に今思いを馳せるのか。

君は既に翼を失ったのだ。
どこに行くにもその足で地を踏み締めねばならない。
何をするにもその両の手に掴み取れるものだけが
本当の事なのだと知ってしまったのだ。

しかし君よ
君には今あの頃には無かった平穏があるではないか。
君には愛しい妻と愛しい子が帰りを待っているでは無いか。
君は果てない空よりも大きなものを手に入れたのでは無いのか。

君よ
もうじき君はまた孤独になるだろう。
君よ
君はその思いの深さ故に罪深さを背負うのか。
君よ
君の若かりし頃の事を思い出すがいいそれは君の父と同じなのだ。

もしもその手に握られた小さな命が
無事に空を飛べる日が来たならば
君よ
その手の暖かさをその命に伝えるがいい
声無く思う心こそ今の君の翼なのだから。

しかし私は祈る
いつまでも君が空を舞い続けることが出来るようにと。


自由詩 そこにあるもの Copyright プル式 2006-06-28 03:29:35
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
頭のなか