歯科麻酔
壺内モモ子

「すいません、歯を治療していただきたいのですが。」
「初診ですね。顔をお見せください。はいよろしいですよ。ではそちらで待っててください。」

歯科医の待合室は美女ばかりだった。
その中に私がいるのは少し気まずい気がした。

待合室で待っていると一人のおばあさんが歯医者に入ってきた。

「すみません、歯を治療していただきたいのですが。」
「申し訳ございません。うちでは治療出来ませんので別をお当たりください。」
「はぁ、そうですか・・・。」

おばあさんはしょぼんとしながら歯科医を出て行った。
なぜ治療できないのだろうか。私は腹が立った。

「土屋さん、お入りください。」
「はい」

受付の若い女性に呼ばれ診察室に入ると、ケーキのような甘いにおいがした。
消毒薬のにおいだろうか、それとも気のせいだろうか。

「んっ、ん〜」
隣の診察台では医師と患者の女性がキスをしてた。
医者の癖にこんなことしていいのかなぁ。
私は見て見ぬふりをした。

診察台の上で待っていると先生が来た。
若くてかっこいい男の先生だった。

「こんにちは土屋さん。では、治療を始めます。口を開けて下さい。おやおや、これはひどい虫歯だ。歯科麻酔をせねば。」

げげげ、私、歯科麻酔苦手なのにな・・・。

ぎゅっと目をつぶって麻酔されるのを待っていると、私の唇にふにゃっとしたやわらかい、少し湿った何かが乗っかるのを感じた。

だんだんとっても気持ちよくなってきて目を開けると、先生の顔がすぐ目の前にあった。

キスされてる・・・。

抵抗しようと思ったが、力が出なくて、そのまま私はケーキのような甘いにおいに包まれて眠りの世界に入った。

「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした。」
目を開けて、鏡を見ると虫歯が完全に治っていた。
どんな治療をしたのかまったく覚えていない。
ただ覚えているのは、物凄く気持ちよかったということだけだ。

診察室から出ると、一人の女性が受付にいた。
「なんで私じゃだめなんですかー。」
受付の女性はやさしく微笑んで言った。
「先生にも選ぶ権利はありますからね。」
一人の女性は納得いかない様子で出て行った。

なんだか自分に少しだけ自信がついた気がした。


自由詩 歯科麻酔 Copyright 壺内モモ子 2006-06-27 07:58:44
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