ビューティフル・リング
蒸発王

初めて指輪を贈った人は
彼女ではなくて
母だった


『ビューティフル・リング』



僕は7歳で
母に連れられて
縁日の夜店を廻っていた
ふと
屋台に並んだ
ガラス玉の指輪に
母が通りすぎながら

綺麗ね

とつぶやいたのだ



当時の僕にしてみれば
母が絶対基準だった
ただ 純粋に
母が喜ぶ顔を思って
其の手を振りきり
一度通りすぎた路を引き返した

どうにか漕ぎ付いた店で
一日20円のお小遣いから
200円をひねり出して
ピンクガラスの指輪を買った


父は忙しい人で
ほとんど家に居なかった
母は明るい人だけど
たまに少し寂しそうで

だから
初めて贈った指輪には
母を喜ばせたい気持ちと一緒に

もっと強くなるから

なんていう

一方的な約束なんかも入っていた




あれから何十年もたって
僕は父と同じように
彼女を置いてきぼりにしている

五月蝿い社会に飲まれ
仕事で何人もの人間の首を切って
他人を踏み台にして
お金を稼いで
こっそり貯めて
そのお金で

結婚記念日に指輪を買おうとしている


悔しいことに
どんなに高い指輪でも
あの時母に贈った指輪ほど
綺麗な贈り物は無いのだけど



それでも
僕は

これからも頑張るから

という
またしても一方的な約束を
プラチナとダイヤモンドに賭けて
彼女に贈ってしまう



贈らずにいられない
この弱さだけは


綺麗ね


と彼女が言ってくれれば
素敵なのだけど



『ビューティフル・リング』




自由詩 ビューティフル・リング Copyright 蒸発王 2006-06-26 23:31:38
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